第一章
1-1
フォルトナート王国の第一王女ルシアは、アルジェント王国の
黒いヴェールに黒いドレスを身につけているルシアを見て、アルジェント王国の
国に帰れば、アルジェント王国へ墓参りに行くことは難しくなるだろう。場合によっては、
―― せめてこのぐらいのことはしたい。
ルシアは、今だけでもアレクサンドルを
(これから私はどうなるのかしら。いっそ自分から修道院に入りたいと言って、アレクに祈り続けた方がいいのかもしれない)
この身に待つのは、第一王女という価値だけを求めている者との結婚のような気がする。
(アルジェント王国では、よき王妃になることだけを目指していればよかったのに……)
ルシアがあの幸せだった日々に戻れないことを改めて実感したとき、馬車が大きく
「なにがあったの!?」
ルシアが馬車の外に声をかければ、護衛の兵士が
「
――囲め! 馬車を守れ!
――陽動に気を付けろ! 二人一組になれ!
外から聞こえてくる声に、ルシアは
今、自分は金のかかっている馬車に乗っている。訓練された護衛もいる。
(もしかして……?)
ルシアを
―― フォルトナート王国では、王女たちによる王位
フォルトナート王国の
異国に
(万が一のときは……)
ルシアは護身用の
ルシアが短剣を
「あっ!
「加勢する! 油断するな、まだ終わっていない!」
「ありがとうございます! おい、一人は生かしておけ!」
どうやら親切な者が加勢してくれたらしい。
形勢は一気に逆転したようで、味方の勇ましい声ばかりが聞こえてくる。
ここからはもう後始末の音が
(どこの誰かしら。お礼を言わないと)
ルシアは自ら馬車の
護衛の兵士たちは
「ルシア王女
「もう終わったんでしょう? 手を貸してくれた方がいたようだけれど」
親切な人を探してルシアが周りを見れば、加勢してくれた人物はすぐにわかった。
――
どこかで会ったような気がするけれど、思い出せない。
「ルシア王女殿下ですね」
青年はルシアと眼が合うなり、
「アシュフォード
「……アシュフォード公爵家」
ルシアは、フェリックスと話したことはない。
けれども、幼い
あったのだろう。
(フェリックスはたしか……)
侍従長からの手紙に、フェリックスの名前は出ている。
『
「フェリックス、助かったわ。……それで、貴方がここにいるのはなぜ? この辺りに用事でも?」
妹の誰かと結婚する予定のこの男が、わざわざルシアへ会いにくるはずがない。王命か公爵家の用事かで
「ルシア王女殿下に早く
「私に?」
「はい。それに、俺がいれば
ルシアはどういうことだと
「おい、自害させないように気を付けろ」
「
どうやら
ルシアは立ち位置に気を付けながらその男の近くまで足を運び、顔を
れと命じようとした。
しかしそのとき、ドッという
「……!?」
「王女殿下!」
「誰だ!? 追え!」
ルシアはため息をついた。
矢が飛んできた。けれどもそれはルシアを
ルシアが矢に狙われない位置をしっかり選んでいたので、別のところにいた襲撃犯の仲間は
「ため息しか出てこないわね」
ルシアが
「眼の前で人が死んでも、〝ため息〞ですか」
「冷たい女で悪かったわね。アルジェント王国で色々あったのよ」
「いえいえ、俺にとってはその冷たい眼も冷めた態度も好ましいですよ。
「そう」
ルシアは無造作に
「…………」
ルシアは頰を血で
神秘的な
そして、
「ぬぐって」
「……
フェリックスは真っ白なハンカチを取り出し、ルシアの頰を
髪にも少し血がはねていたのか、フェリックスはルシアの髪を
フェリックスの指がルシアの
そのときフェリックスは、なんだか残念な気持ちになってしまった。
「馬車に戻るわ」
ルシアが歩き出そうとしたら、フェリックスはさっとルシアの手を取る。
足下があまりよくないので、エスコートをしようと思ったのだ。
「ああ、先ほどの『抑止力の続き』ですが……」
そして、フェリックスは中断した話を再開しようとした。
「今ここで?」
「はい。今ここで。その方がご理解いただけると思うので」
フェリックスは、
ただし、ルシアを見ているようで、見ていない。
「―― 俺は、こういうことを平気でするルシア王女殿下の妹姫たちが嫌いなんです」
フェリックスは、今回の襲撃犯の正体を言い切った。
ルシアは、「そんなことはないでしょう」という言葉を口にできない。そうかもしれないと思っていたからだ。
(王位継承権争いが激しくなっているのなら、婚約者を失って帰ってくる長女の私は妹たちにとって
しかし、ここでああだこうだ言っても、
「私は、その妹姫たちの姉だけれど」
「ははっ! そうでした!」
フェリックスは先に馬車の中へ入り、ルシアの手を引っ張った。
「多分、俺たちはお友達になれそうな気がするんですよねぇ」
ルシアはフェリックスの手を借りて馬車に乗りながら、
王族や貴族の会話は、直接的な表現を
王族としての教育を受けているルシアは、フェリックスの言いたいことをきちんと理解できた。
(つまり、私もすぐ妹が嫌いになる……ということね)
ルシアは、自分の命を狙ってきた妹たちの姿を想像する。
六歳のときに国を離れたあと、帰国できたのは一度きりだったので、妹たちの顔はぼんやりしていた。
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