第5話
そうやって、腹に一物ある者同士の軽やかな会話が途切れ。うどんも消えて。私は男を追い出しにかかった。
「如月なんて家に置いておきたくないですからね。さあ、おかえりはあちら。」
「そういけずなことを言わないでください。あなたが助けてくれるなら、僕は如月をあなたに差し上げ立っていいんですから。」
「へぇ?」
軽い冗談。今その口で自分の制御外にあると言っていたのに。
行き倒れ。仇敵。そんな私たちはお互い口角だけをあげて、薄っぺらい笑顔で言葉を交わした。
「でもね、如月なんていらんのよ。」
「なんたって角倉ですもんね。」
そうそう、と軽妙な調子で頷き、お椀を引こうと彼の分にも手を伸ばした。手伝おうと彼が立ち上がるのを制して、立ち上がってさっさと洗って伏せる。台所には一歩も入ってほしくないものだ。いかんせん汚いので。
角倉千紗は完璧でないといけない、までではない。如月とは違ってうちはもうすでにゆるい家で、あまりある財産でまったりと過ごしてきている。
角倉が荒れ始めた時から両親たちは巻き込まれたらたまらないといち早く戦線離脱し、ヨーロッパに行った。私は、私はどうしても角倉に思い入れがあったのかもしれない、離れられなかった。幼少の時の角倉の全てを取り戻すまでは、逃げれない。
「で、如月さんはこれからどうしはるの。」
「あなたのヒモになります!」
私はここで怒るべきだった。それか何言うてはるねんと、冷たく突き放すべきだった。しかし私は堪えかねて、爆笑してしまった。明るく、お腹を抱えて大爆笑だ。これではこの男も出てはいかない。大失敗である。
「如月を、ヒモ!」
自分で言ってまた笑いが込み上げてくる。だめだ、面白すぎる。
如月ーー2月。
新年から2番目の月の名前をもつ家。御幸以降、京都に残った家の中では言わずと知れた名家だ。角倉とて、如月に煮湯を飲まされたことは幾たびもある。向こうもうちの煮湯を幾たびも飲んだだろう。そんな彼がーー私の、ヒモ!
「いいわ!」
ヒモを養うくらいの金はある。彼は売れない小説家でも小説を書いてるからまだマシだ。バイトしかしたことのないニートとかより全然いい。社会人として金がそこに存在する理由を知っていることが大切なのだ。うまくやれそうな気がする。
家事はーー今まで全然してこなかった。ヒモができたからと言って何かをしてあげることはできないが、それはそれで私は楽でいい。
部屋は余っている。物置に使っている一部屋を適当に片付けさせればいいだろう。
何よりも。
私は寂しかった。心安らぐ人のいない実家。成果は上がるが地元に帰れないつらさ。乗っ取られて商売の規模を縮小していく角倉。
慣れない関東弁。慣れない味。美味しくないラーメン屋。何かが違う洋菓子。手土産の洋菓子が、何かが少し違う。慣れ親しんだ神戸の洋菓子と、何かが少し違う味。
だから私は、普段なら絶対しないというのに、男を養うことにしてしまった。しかも、如月の男を。
それでこの自称ヒモは、私が追い出さないのをいいことにずっと私の家にいる。
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