少女の選択

会館から少し先に進んだところで、クリスマスマーケットは開催されていた。

道の両サイドにずらりと並ぶ店もまた、装飾品でキラキラと輝く。


へぇ~…毎年これやってたのかなぁ。

イルミネーションみたい。


「あ、ここじゃない?ポストカード売ってる店」


こっち、と軽く腕を引かれて立ち寄った店には、つい先ほど何度も見て回った絵が葉書サイズになって並んでいた。


「いらっしゃいませー!…ってあ、さっき来てくれたカップルだ!?」


その声に顔を上げれば、店頭に立っていたお姉さんと目が合った。


「あ、受付にいた…!」

「そうそう!こっちにも来てくれたんですねー!」


白い手袋に包まれた手をゆらゆらと左右に小さく振る彼女は、鮮やかな赤いコートに白いマフラーを付けていた。

こっちもクリスマス仕様だ…可愛い…


「展示作品はどうでしたか?楽しんでもらえましたか?」

「そ、それはもう!感動しました!すっごく!!」

「嬉しい!お気に入りの絵はありましたか?」

「あ、はい!あの1番大きな…街中をサンタが1人で歩いてる…」

「今回の目玉作品ですね!!私もあの絵、とっても素敵だなって思いました」


言いながらずらりと並ぶカードの中から1枚を手に取ったお姉さんは、それをずいとこちらに近づけて


「これですよね?気に入っていただけたならぜひ買っていただいて、家に飾ってくださいねー!」


朗らかに商売してきた。


「お、あ、こ、これです!」


その勢いに思わずポストカードを手に取ると、横からやりとりを見ていた彼がするりとそれを抜き取った。


「これ、あともう1枚ください」

「もしかして彼氏さんもこの絵がお気に入りですか?」

「んー、それもありますけど、」


ちらりと彼の目が私を捉えて、いたずらにふっと細められた。


「彼女とお揃いが欲しくて!」

「…」


…ん?彼女?


「えー!素敵ですね!羨ましいー!」そう言いながらお姉さんが手際よく会計を済ませてくれるのを横目に、

突っ込まざるを得ない情報を処理する。


「先輩、」


じと、とした目線も同時に投げれば、何かを察した彼がうっと小さく呻く。

一瞬の沈黙のあと、諦めたように唇を尖らせた。


「ちぇーっ、さすがに突っ込まれるかぁー」

「お姉さんの言葉はスルーしましたけどね」

「そう、そこ何も言わなかったからいけるかと…」

「先輩には遠慮とか要らないじゃないですか」

「・・・」

「…いや、なんでちょっと嬉しそう…」


「お待たせしました!」と丁寧に包装してくれたポストカードを手渡したお姉さんは、

「素敵なクリスマスを!」と続けてニコッと笑ってくれた。


「あ、ありがとうございます」


ぺこりとお辞儀をしてから「先輩、お金出しますよ」と隣を見上げれば、

「お金はいいから彼女になってー」なんて言葉が降ってきた。


「いや、私の分は自分で……まぁいいや」


「いつになったら彼女になってくれるー?」なんて冗談めいた小言に顔を顰めながら店を離れる。

めんどくさい人だ。

「え!?恋人じゃなかったの!?」なんて驚く声が後ろから聞こえた。


それからアンティーク食器の店や手作りのアクセサリーが並ぶ店に立ち寄りながら進んでいれば、

ほわんと甘い匂いが鼻を掠めた。

辿った先にホットチョコレートの看板が見える。


「なんか、いい匂いするね」


隣を歩いていた彼もまた、それに気づいて鼻をすんすんと鳴らした。


手に持っている、ポストカードが入った袋と目先の店を交互に見やる。


「…先輩ちょっとそこのベンチで待っててください」

「ん?分かったー」


不思議そうにこてと首を傾げながらも、言う通りに近くにあったベンチへと歩き出した彼を見送って、

足早にホットチョコレートの店に向かった。


先輩はお金は要らないと言ったけれど、今日の展示会のチケットも貰ってるしなぁ。

寒い中チケット買うの並んだみたいだし。

さすがにお礼も何もなしというわけには…ね。


「いらっしゃいませー!」

「ホットチョコレート2つください」

「はーい、ありがとうございまーす!」


マシュマロが浮いたそれを受け取れば、冷え切っていた指先がじわじわと体温を取り返していくのを感じた。

零さないように小走りにベンチへと向かう。


「せんぱ…」


気怠げに座り、空に白い息を吐き出している彼の背中に声をかけようとすれば、

可愛らしい女の子2人組が近寄っていくのが見えて足を止めた。

どうやら先輩に声をかけているらしい。


「おぉ…」


あれは…ナンパというやつか?

初めて見た。


会話は聞こえないけれど、一緒に見て回らないかとでも言っているようなジェスチャーに、あぁ、と察する。

よく見れば周囲にも女性がちらほらといて、次は私たちがとでもいうように会話が終わるのを待っているようだった。


そういえば夏に待ち合わせしたときも、周りは女性ばかりだった気がする。

キラキラして、眩しくて、私はそっち側には行きたくないと遠くから見守っていたっけ…見つかってたけど。

あの時は誰も話しかけに行かなかったよなぁ…あぁ、違う、ずっとこっちに手振ってたからだ。


数か月前のことを懐かしんでいれば、さきほどの2人組が足早に離れていくのが見えた。

そしてここぞとばかりに、次の2人組が向かう。


1人だと話しかけやすいのかな。


…いやクリスマスに1人でベンチに座ってるのって、哀しくない?それくらい私でも分かる。

絶対誰かと来てるって考えるけど。

クリスマスマジック?


ぼんやりと遠巻きに様子を観察してみるけれど、まだ話しかけたそうな女の子たちが順番待ちしているようだった。


うーん、どうするか。

みんなが終わるまで待っていてもいいのだけれど…


「さすがに冷めちゃいそう」


でも、邪魔したくない…というか、今出て行って変に注目されたくない。

せっかく熱々を入れてくれて申し訳ないけれど、致し方なし。

私だけでも淹れたてを頂こう。


先輩が座るベンチから少し離れたところのベンチに座り、少しマシュマロが溶けたそれをふぅ、ふぅと冷ます。

息がかかるたびに、甘いチョコレートの匂いが香る。


ふわぁ~…いい匂い。美味しそう。

いただきます。


コクリと一口飲めば、途端広がる甘い味。

溶けたマシュマロとほろ苦いチョコレートが合わさってなんだかとても落ち着く。

じんわりと身体が温まる感覚に、ほぅ、と白い息を空に吐き出した。


「おいしー…」

「おいしー…じゃなくない?」

「うわぁ!!」


突然降ってきたそれに驚いて手もとが揺れる。


「あぶっ、あぶなっ」


零れそうになるのを必死に収めてあわや足元が茶色くなるのを防いでから顔を上げれば、

むすっとした彼が見下ろしていた。

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