少女の選択

カフェで温まった身体を冷やしながら1本となりの路地にある会館へ向かう。

いつも殺風景な外壁が、絵画展に合わせてなのか暦に合わせてなのか、クリスマス仕様の電飾で飾られていた。


「こんにちはー!チケット拝見させていただきますー!」


中に入ると受付のお姉さんがニコニコと挨拶してくれた。

学生だろうか?ラフな格好に、明るい髪色、薄いメイクは素肌の綺麗さを引き立てていた。


「こちら、来場特典の卒業展示会のチケットになりますー!良かったら来てくださいね!」


そう2枚手渡されたのは、近くの美大で開催される卒業制作発表会の入場チケットだった。


「卒業制作…はわぁぁぁ」


開催時期が3月ということもあり春らしいパステルカラーで彩られたチケットがキラキラと輝いている。

天にかざしながら高揚する気持ちを全面に出していれば、となりでくすくすと笑う先輩が「子どもかよ」と茶化してきた。


「現役美大生の制作品ですよ!なかなか見られないじゃないですか!」


チケットから目を離さないでいれば、お姉さんが嬉しそうに微笑む。


「普段は学内のみなんですけど、せっかくだし地域の人にも見てもらいたいねって話しになったんです」

「もしかしてそこの美大の…」

「はい、私の作品も展示しますよ!」


す、すごいすごい!!


「この展示会に参加してくれた方にだけお配りしてて…ぜひ見に来てくださいね!」

「いいい行きます!」


食い気味で返事をすれば、ぱあっと顔を輝かせたお姉さんは、

「お待ちしてますー!」と両手をひらひらと振ってくれた。


受付をあとにして貰ったチケットを大事にしまう。


「先輩、もしかして知ってました?」


ずっと横で静かに見ていた彼は、私の反応を見て満足気な顔をしていた。


「そりゃあね、わざわざ窓口販売するくらいだから何かあるのかなって思って調べた!」


そこまでの熱意をもって来てくれる人にささやかなお返しを、ということらしい。


くぅぅ…ずるい!

こんなの、こんなの、好感度が爆上がりするじゃないか!!


「あわよくばそれを口実にまたデートに誘うつもり!」


…そういうことを声に出さなければなぁ。


スン…と表情が消えたのを二度見して、彼はしまったという顔をした。


「俺今余計なこと言った…?」

「自覚があるようでなにより」


無言で頭を抱えた彼を横目に、さっそく展示室に足を踏み入れた。


「う、わぁぁ…!」


ずらりと並ぶ作品は、クリスマスにちなんでサンタクロースやクリスマスパーティーの絵が多い。

お尻が大きくて煙突につっかえているサンタクロースと、それをひっぱるトナカイといった

思わずくすりとしてしまうような絵も。


鮮やかな色彩のものから、夜の寒さを表現するような寒色のみで描かれたもの。

水彩画、油絵、なかにはデジタルイラストも展示されていた。


今回の作品を制作している風景を模写したものもある。


そのどれもが私の目にはキラキラと輝いて映る。

淡く白い光に包まれて、すべてにスポットライトが当たる。


「天国だ…」


ぽつりと零れ落ちた、うっとりとした音。

それは、私のものではなく。


「…先輩、それ今私が言おうとしたんですけど」

「え、俺何言った?」

「無意識に人の言葉取らないでください!」

「えぇ?ごめん?」


そう、ここは天国。

この全身を包むような絵の具の匂いも、絵を見た人たちが感想を伝えている音も、


「これ、ほんの少し青入れてませんか?」

「あ~なるほどね。紫系かなとも思ったけど」

「たしかに、赤が入ってる気もしますね」


なんて配色の意見を交わすことも、


「うわ、この人うまいなぁ…どうしたらこの色作れるんだろなぁ」


となりでじっくりと眺めて、少しでも技術を盗もうと真剣な眼差しをしている横顔も。


なんだかすべてが心地良い。


「やっぱり部活じゃなくちゃんと勉強してる人はレベルが違うね」

「さすがですよね。私もこんな風に描きたいです」

「描けるよ」


息を吐くような自然なそれに、思わずじっと彼の顔を見つめた。


「誰もを魅了するような絵、描ける」


ぽんと優しく頭を撫でられた。


「そんな、神域には到底辿り着けないです」

「そんなことないよ。俺が保証する」


なんでだろう。


「なんか、出来る気がしてきました」

「文化祭で展示してた風景画、俺あれ凄い好きなんだよ」

「自分が写ってるから?」

「ちげーよ!」


さっきまで優しく滑っていた手でコツンと小突かれた。


「楽しそうで、暖かくて、見守ってるみたいな、綺麗な心だなぁって思ったの!」

「…っ」


まさか、自分が描いた絵でそんな風に感じてくれるとは思っていなかった。


「感情とか心情をさ、絵に表現できる人って少ないと思うんだよなー」

「…それを感じ取れるのも凄いですよ」

「俺ら通じ合ってる!?運命かな!?」


…そういうことを声に出さなければなぁ。

とはいえ。


ふ、と笑みを零せば、不思議そうな顔がこちらを向いた。


「先輩、ありがとうございます。嬉しいです」


その言葉は、この上ない誉め言葉だ。


「どういたしまして」


彼はニカっと口を広げて笑う。


「先輩も、のんびりしてたらすぐに追い抜かしますからね」

「え?」

「先に美大に行くのは先輩じゃないですか」


「すぐに先輩の技術を上回ってみせます」とニヤリと笑って見せた。

彼は一瞬驚いたように瞳を見開く。


しかしそれはすぐに細められて、


「うん」


ゆるりと弧を描いた唇は、小さく音を零すと困ったように笑った。

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