少女の選択

本日の気温は最高で11度、ということで厚手のコートを着てしっかり寒さ対策したほうが良さそうですよ~!


テレビの向こうで真っ白のチェスターコートを着た女性キャスターが笑顔を見せている。

寒さを感じさせないような明るい声を耳に入れながら「はーい」と返事をした。


とりあえず防寒。

ダウンジャケットにしようかなぁ…でもこれ丈短いからなぁ…お尻が寒いよねぇ…

私もチェスターコートにするかぁ。白じゃないけど。


クローゼットをごそごそ漁りながら1着取っては戻して、取っては戻してを繰り返す。


結局どこに行くか教えてもらえないまま当日が来てしまった。

場所に合わせて服を決めているのに、そこを内緒にされると結構困る。


「めんどくさい…もうなんでもいいや」


ちらりと確認した時計がもうすぐ出発の時刻をさそうとしていた。

目についた服に着替え、小さい鞄に必要な小物だけポイポイと放り込んでさっさと家を出た。



待ち合わせ場所は夏にお出かけしたときと同じ場所。

肌を刺すような風から逃げるように顔の半分をマフラーに埋めながらじっと待つ。


「ごめんね~!待った?」

「ううん、俺も今来たところ~!」

「え、ほっぺ超冷たいよ!ウソついたでしょ~!」

「バレたか~!楽しみぎて早く来ちゃった~!」

「温めてあげる!ぎゅ~!」

「ぎゅ~!」


隣りで人目を気にせず抱き合っているカップルの声を聞きながら、体温が急激に下がっていくのを感じる。

ちらちらと見られているのは自分ではないのに、居たたまれない。


はよどっか行けよ。

寒さが増すでしょうが。さっきから鳥肌が止まらないわ。


マフラーにさらに深く顔を埋め、小刻みに震えながら1点を見つめて彼が来るのを待っていれば、


「ごめん!待った?」


駆け寄ってくる足音と聞き慣れた声が降ってきた。

無言のまま目だけその人を見上げれば、ぱちりと視線が絡む。


「え、可愛い、なに?」

「寒いんですけど」

「てかほとんど顔見えてないんだけど」

「寒いんで」


淡々と答えるのを見つめる先輩は「ごめんごめん」と軽々しく謝り、へにゃりと奥二重を垂れさせる。

そんな彼にさっきまで自分たちの世界を繰り広げていた隣の彼女から

「え…カッコイイ…」と零れる声がした。


彼氏が慌てて手を引き歩いていくのを横目に見ながら、

この人いつか勝手に修羅場に巻き込まれていそうだな、なんて目の前でキョトンとしている彼を哀れんでいれば、

「今どういう感情?」とそれは怪訝な表情に変わった。


「寒いんですけど」

「今日俺それしか聞いてない!」

「寒いんで」

「寒いだけで会話成立するの凄くない?」


「まぁいいや」と話しを切り上げて寒さにぶるっと体を揺らした彼。


「とりあえずさ、一旦温まりにいこ!」

「大賛成です」

「やっと寒い以外の単語が聞けた!」


にっと笑った彼の顔は寒さでほんのり赤くなっていた。



「今日どこ行くんですか?」


近くのカフェに入りホットカフェオレで一息つきながら尋ねれば、

同じくホットコーヒーを一口飲んだ先輩がぴらっと紙きれを差し出した。


「ここ!行こ!」


受け取ったそれはどうやらチケットのようで、赤と緑に彩られクリスマス絵画展と書かれていた。


「絵画展!?」


食い入るように手もとのそれを見つめれば、待ってましたとばかりに先輩も目を輝かせて前のめりになる。


「近くの会館でやってるみたいでさ!」


クリスマスにちなんだ絵が展示されてるみたいなんだけど、全部美大の学生が描いたんだって!

と捕捉してくれる。


ほわぁぁあ

すごい!こんなのやってたなんて知らなかった!

見たい!行きたい!


「先輩、素晴らしいチョイスです!」

「だろー?もっと褒めて!」

「さすが!分かってる!完璧!」


パチパチと拍手を送ると「ありがとう、ありがとう」と片手をあげて左右に笑顔を振りまく。

外国のお偉いさんが支援者に手を振るようなそれに「よっ!」なんて日本の掛け声で盛り上げてあげた。


「絶対興味あるだろうなと思ってさ!好きでしょ?」

「好きです!行きたい!」

「素直だ」


ケラケラと声をあげて笑う彼に「絵画展なんて行く以外の選択肢がないです!」と言えば、


「俺のデートプラン天才じゃない?」


なんて、得意げな彼の口から唐突に出てきた”デート”という単語にドキリと胸がなった。


で、でえと…


「……わーてんさーい」

「わーすごい棒読みーなんでー」


いやだってデートって…

なんかこっぱずかしいというか…

心臓がムズムズするっていうか…!

課外授業ってことにしといてくれないかなぁ。


「ちょっと考えてること分かった。これは、デートです!!」


力強く言われて「ぐっ…」と顔を顰めれば「言ったもん勝ちー!」とドヤ顔をされた。


「好きな子とデートするために、何したら喜んでくれるかなって考えてとったチケットがそれなんだけどなー?」


わざとらしくこちらの手中にあるチケットを指差しながら言われて、赤と緑のそれと彼の顔を交互に見やる。


「デートしてくれないなら、それ返してもらおうかなぁ」

「なんでそうなるんですか!」

「クリスマス限定で結構人気だったんだよーそれ。

 しかも地域の催しだからなのか、今どきネット販売しないときた!ただの課外授業っていうなら朝から寒い中窓口並んだ俺の努力が報われない!」


なぜそこまで分かったんだ…!


くっ…と言葉に詰まっていれば「どうする?」なんて試すようにこてと首を傾げた。


キラキラ輝いている絵画展の文字。

その奥でキラキラの笑顔-少々圧を感じるーで見つめてくるフレッシュ先輩。


彼が誘ってくれなければ、こんな素晴らしいイベントが開催されていることすら知らないまま冬を越していただろう。

クリスマスというだけあって2日間限定のようだし。

美大生の作品なんて普段なかなか見られない作品が並んでいるに違いない。


「…デートしましょう、先輩」

「喜んで!!」


わぁい、と声に出しているものの、その顔は「勝ったぁ」とでも言いたげに綻んでいる。


私が何に弱いか、完全に熟知されているようでなんだか悔しいけれど、


「もう少しだけ温まったら行こうね」


にこにこと子どものように笑う彼が可愛く見えて、どうにも憎めない。


困った先輩だな。


ふっと笑みを零し自身のコーヒーカップに口をつければ、

それを見ていた彼もまた、ふわりと柔く微笑んだ。

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