少女の選択
部活終わりに勢いよくドアを開けて入ってきた彼女はすでに先輩から話を聞いていたようで、
興奮冷めやらぬまま「一緒に帰ろう!」と叫んだ。
「いよいよ告白(真)くるんじゃない!?」
キラキラと輝く眼が食い入るようにこちらを見る。
「どうかなぁ」
「いや、くる!クリスマスにデートに誘う男の人が告白しないなんてあり得ないよ!」
イルミネーションで飾られた空間で付き合ってくださいなんて言われたらもうイエス以外ないよねー!
なんて1人盛り上がる彼女はキャーっと小さく飛び跳ねる。
あまりにも楽しそうにしていたから、ノーもあるでしょとは言わないでおいた。
「無理やり約束された感が否めなかったなぁ」
台風のように去っていった彼を思い出しながら、そういえば私の返事も聞かないまま決定していったよなぁと
空を見上げながら呟く。
「あー…先輩、結構強引なところあるよねー」
「有無を言わさない感じね」
「アタックするって言っても、過度なものは逆効果なのにねー」
「嫌われちゃったらどうするんだろー」と言う彼女は、わりとどうでも良さそうに道端に転がっていた小さな石ころを蹴飛ばした。
「どこ行くとか何するとか、なーんにも聞いてない」
「サプライズしたいとか?」
「要らないなぁ」
素直に口にすれば「正直すぎ!」と笑われた。
「どんな告白だったらOKするー?」
「えー?普通でいいよ、全然拘らなくていい」
「それじゃつまんないでしょー!」
「だってさ、例えばものすごい綺麗なシチュエーションの中フラれたら絶望じゃない?」
「OKする場合を聞いてるのに振らないでよ!」
ころころ笑う彼女につられて私も笑う。
なんか不思議。
前は彼女の恋バナを聞きながら青春だな~なんて思ってた帰り道。
今そんな彼女は自分ではなく友達の恋にワクワクしながら歩いている。
それも、話題の中心人物はずっと変わらないまま。
あの時の私に言ってやりたい。
彼女が恋心を抱いている相手は、私のことを好きだと言い出すぞと。
呑気に応援してる場合じゃないぞと。
あれほど縁遠かった恋愛というものに、まさか自分が関わるだなんて思ってもみなかった。
「イルミネーション興味ある?」
ふいに問いかけられて「へ?」なんて間抜けな声が出た。
「イルミネーション、好き?」
「綺麗だなとは思うよ」
「よかった。ただの電飾じゃんとか言われなくて」
…ちょっと思ってたりもする。
「雪とどっちがロマンチックかなー?」
「なんで?」
「告白されてOKしちゃうのはどんなシチュエーションかなって!」
まだその話題続いてたんだ。
応援すると言った宣言通りに、どうやら彼女は先輩に有力な情報を得たいらしい。
私が「はい」と答えざるを得ない状況を作ろうとでもしているようだ。
「シチュエーションそんなに関係ある?」
「めちゃくちゃあるよ!?」
何言ってるの!?と圧を感じる瞳に一瞬たじろぐ。
「海の中とドブの中だったら海の方がいいでしょ!」
「例えが極端すぎる」
ドブの中で告白するってどういう状況?
「それこそひまわりに囲まれてるのと、ビルに囲まれてるのだったら圧倒的にひまわりじゃん!」
「あぁ、まぁ、」
さっきよりは想像しやすいけど。
「でも、ひまわり畑行ったときに告白されてたとしても、私OKしてないよ」
「あの時はまだ先輩に好きって言われても冗談としか思わなかったでしょー」
「ふむ…」
たしかに、と頷く。
最初に好きだと言わたときも、信じちゃいなかったもんなぁ。なに言ってるんだかとしか。
「あれから私たちの関係も少しずつ変わってるし、あの時とは気持ちも違うはずだよ」
くるりと私の前に回り込んで行く手を塞いだ彼女は、にっこりと微笑む。
「私思うんだけど、描きたい触れたいと思えるほど綺麗な人と出会えたことが、もう奇跡だと思うんだよね!」
鞄を後ろ手に持ちながら、ゆらゆらと左右に揺れる彼女に合わせてスカートが踊る。
「そんな人が手の届くところにいて、好意をもってくれてるなんて、奇跡も奇跡!」
「うん」
「さっきからシチュエーション大事って言ってはいるけど、どんな場所で告白されるにしても、1番大事なのは気持ちだからね!」
そう、彼女はぺしりと弱い力で私の肩を叩くと、くるんと振り返って先を歩き出した。
「自分は恋愛は向かないとか、先輩と同じだけの気持ちを返せないとか、そうじゃなくて、
この先も傍でこの人を見ていたいなーって思うんなら、それも愛情だよー!」
愛は世界を救うんだから!ところころ笑う彼女の背中を見つめる。
言われて、一瞬足が止まった。
びっくりした。
なんで、分かったんだろう。
私は彼女にその話をしただろうか。
一歩踏み出せない理由を伝えたことはあったか?
私の心を見透かしたような言葉に、どきりと胸が小さく音を立てた。
「私としてはフラれて廃人になってる先輩も興味あるから、どんな答えでもいいんだけどねー!」
声から面白がっているのが伝わってきて、少し気が緩む。
「あーあ、アイドルには綺麗な子なんてごろごろいるけど、住む世界が違うもんなー」
「でも会いに行けるじゃん」
「会えたとして、リアル友達にはなれないもん」
前を歩いていて表情は見えないけれど、ぷくっとむくれているんだろうことは声音から簡単に想像できた。
「なんか、ありがとう」
「え、なに急に」
目をまぁるくした顔がこちらを振り向く。
「告白云々は抜きにして、ちゃんと考えてみるよ」
私はこういう人間だからと決めつけて答えを出すんじゃなくて、自分の本音と向き合いなさいよということでしょう?
先輩に協力しつつ、しっかり私の背中も押してくれるんだから、彼女らしい。
それでいて、私がどんな答えを出したとしても、ちゃんと考えた結果ならそれでいいよと言ってくれている。
ふふっと笑えば、彼女の顔がなぜか険しくなる。
マフラーに口元を埋め、上目遣いで見上げてくる。
「可愛くて優しい上にちゃんと分かってくれるの狡い!」
「いや意味わかんないって!」
ふんっと再び前を向いてしまった彼女を、訳が分からないままぽかんと見つめた。
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