少女の選択

「ていうか、紛らわしい告白とかしないでくださいよー」

「あれは告白じゃないって言った!」

「好きバレしてるんだからもう言っちゃえばいいじゃないですか!」


当人を目の前にしてする会話か?と思いつつ、

なんだか盛り上がってるようなので静かに絵を見ていることにした。

あ、この現代版スフィンクス、結局誰の絵だったんだろ。


「ダメだって!断られる!」

「分かんないじゃないですかー」

「深く考えずに断られた実績がある!」


「な!」と唐突に同意を求められて「え、うん」と勢いで答えてしまった。


「え?断ったの?もう?」

「断ったっていうか、ごめんなさいって言った」

「なんで!?」

「なんで…とりあえず?」


好きが何かも分からないのに答えを待たせるのは悪いかなーって。

それならとりあえず断っておこうかなーって。


「とりあえずぅ!?」

「そうなんだよ!酷くない!?」

「それは酷いよー!」

「俺可哀相じゃない!?」

「哀れだよー!」

「哀…その言い方はなんかちょっと、」


絶妙にタッグを組めない2人。

いいコンビだと思うのになぁ…もったいない。


「それは(仮)にしておいて正解ですよ先輩!」

「でしょ!?(真)にしてたら俺今頃廃人と化してたかもしれない…!」

「それはそれでちょっと見たいですー」

「当たって砕けろって言ってる?」


「勝手に当たって砕け散ろうとしてたのは先輩じゃないですかー」と容赦なく言い返す彼女に、

「なんか最近2人似てきたよね?」と私と彼女を交互に見やる彼。


どうやらこのイケメているフレッシュ先輩は、無意識に会話している相手にS気を目覚めさせているらしい。

たしかに入学当初の彼女はもっとふわふわしていて、おっとりした女の子だった気がする。

こんな風に誰かをいじるようなキャラではなかったはず。


「夫婦って似るっていいますからね」

「長く一緒にいる証だ~」


嬉しそうにぎゅっと腕に絡みついてきた彼女は、

羨ましそうに眺めてくる彼を優越感に満ちた顔で見返していた。


そんなやりとりを交わしていれば「あぁったー!」と歓喜の叫び声が飛んできた。

どうやら失くし物が見つかったらしい。

準備室から「良かったねー!」なんて喜び合う声と同時に、ガタガタと物を箱に放り込んでいる音が聞こえてくる。


「…あったみたいですね」

「…良かったね~」


カンッコンッなんて、どれだけ雑に入れてるんだと声をあげたくなるような音が続くのを暫し黙って聞いていたのだけれど。


…ダメだ。私が片そう。画材が悪くなっちゃう。


我慢出来ずに、絡まったままの彼女の腕を解いて一歩目を踏み出せば、

同時に彼もまた準備室の方向へ爪先を向けた。


ぱちりと目が合う。

同じこと考えてるな、とお互いに察した私たちは無言で目配せをして歩き出した。


「ひゃ~喧嘩はダメだよー!」なんて心配する彼女の声を背中に浴びながらそっと準備室を覗けば、

明るい髪色をした女性が2人、案の定投げ入れるように片付けていた。


画材をそんな風に…!


むっとして口を開けば、身体の前に先輩の腕が伸びてきてそれを制止した。


「失くし物は見つかった?」


そう問いかける彼に気づいた2人は「あ、見つかりましたぁ~」と甘い声で答える。


敬語を使うということは1年生?

こんな派手な子たちいたっけな。


「良かったね、じゃああとは俺がやるから帰っていいよ?」


にこりと笑いながら言っているけれど、その声は静かに怒気を含んでいた。

少し高い位置にある彼の顔を窺い見れば、明らかに怒っている。


先輩が怒ってるところ、初めて見た。


「えぇ~私たちも一緒にやりますよぉ~!ね?」

「うんうん!私たちが使ってたものですしぃ」


語尾が伸びる話し方にイラッとしつつ、怒ってることに気づかないなんてアホなのかと呆れる。


「ありがとう。でも、ごめん、画材触らないでほしい」


「そんな風に雑に片付けられても悪くなるだけだから」と先輩は目を逸らすことなく、笑顔を崩すことなく言った。


意外だった。

いつも楽しそうに笑ってて、誰にでも優しくて、怒ってる姿なんて想像できないのに。


びくりと肩を震わせた2人は、やっと怒ってると気づいたようで「ごめんなさい!」と謝ると慌てて教室を出て行った。

それから、先輩は小さく息を吐いた。


「あーあ…可哀相…」


まだ転がったままの画材を丁寧に拾い上げる。

私も足元に転がっていた筆を拾って、毛先を少し整えながらそっと段ボールに入れた。


「先輩でも、あんなに怒るんですね」

「そりゃ怒るよ、大事なものをあんな風に扱われたらさ」

「私の言いたいこと全部言ってくれましたよ」


ふふっと笑えば「噛みつきそうな顔してたからねー」なんて言われた。

はて、そんなに狂暴そうな顔をしていただろうか。


「スッキリしました。ありがとうございます」


散らばる画材を拾いながら、垂れてくる髪を耳にかける。

「どういたしまして」と穏やかな声に顔を上げれば、奥二重のそれがふっと細くなったことに安心した。


「向こうで目が合ったとき、やっぱり俺ら大事なもの一緒だーって分かっちゃったー」

「画材は命です」

「そうなんだよなーあいつら全然分かってねぇのー」


ぶつぶつ言いながら「あ、こんなとこまで!」と離れた場所まで転がっていた絵の具を手にする。

そんな彼のうしろ姿を見ていると、胸がぽわぽわと暖かくなった。

自分が大切だと思うものを、同じように思ってくれる人がいることが嬉しい。


「おーい、大丈夫ー?」


ひょこりと顔を覗かせた彼女に「うん、先輩がキレてくれた」とおちゃらけて言えば、

やはり彼女も予想外だったのか目を丸くして「先輩って怒るんだ!?」と驚いていた。


「俺、そんな仏に見える?」


いくつかの絵の具を手に振り返った彼が訊けば、彼女はうーんと少し考えて、

「仏っていうか、悩みごととかなさそうなー」と答える。


「それ能天気ってこと?」

「そうとも言いますねー」

「俺だって悩みの1つや2つありますぅ!」

「そうですかー」

「興味なさすぎじゃない?」


テンポよく続く会話のキャッチボールを聞きながら、

あぁ、この感じあれだと気づく。


「兄妹みたい」


独り言ちてくすくすと笑っていれば、ぴたりと2人の会話が止まる。


「ですって、先輩。笑顔が超可愛いので、これからはおにーちゃんって呼びましょうか?」

「笑顔が可愛いは激しく同感だけど、その呼び方はまじでヤメテ」


再び始まった会話の声は何故だか心地良い。


こんな些細な日常を描くのもいいなぁ。


ゆるりと微笑んだ私と、それを見つめる先輩を交互に見とめて、

彼女は「お似合いだね」ところころ笑った。

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