少女の選択
「それ告白されてるじゃない!」
怒涛の2日間を経て、教室の後片付けをしながら文化祭準備から終了までに起こった出来事を彼女に話せば、
バサバサーっと手にしていた衣装をすべて落下させてこちらを凝視していた。
それを拾い集めながら「告白じゃないらしい」と先輩に言われた言葉を思い返す。
「いやいや、誰が聞いても告白だよ!?」
「だから私も告白ですかって聞いたんだけど、違うって」
「なんでそこで、そっかー違うのかーってなれるの?」
本人が違うというなら違うかなって。
と言ってみたものの、改めて話しているとあれは紛うことなき告白だったよなぁなんて思う。
「返事は?どうするの?」
段ボールに拾った衣装を乱雑に詰め込んだ彼女は、ガムテープで封をしながら訊いてくる。
「どうもこうも、告白じゃないらしいから」
「あー…そもそも返事をする段階じゃないか」
「うん。あ、それ私片付けてくるよ」
近くで画材を箱にしまっていた子に声をかければ「助かる!」と残し調理係の片付けを手伝いに去っていった。
借りてきたものが揃っているかを確認して箱を持ち上げれば、隣で衣装の段ボールを持った彼女が「でもさー」と歩きながら続ける。
「いつかはちゃんと告白されるわけでしょー?どうするの?」
言いながら少しだけ開いていたドアを器用に足で開け、2人で廊下に出た。
「う~ん…」
「好きじゃないのー?」
「好きっていうものがよく分からない…」
どうなったら好きっていうこと?
先輩を見てキャーってなることもないし、かっこいいなとは思うけどイコール好きとは違うし。
「いろいろあると思うけど、身体的接触がしたいと思ったらそれはもう好きだよねー!」
横を歩く彼女が可愛らしい声で言った。
「し、身体的…?」
「ハグしたいなーとかキスしたいなーとか、それ以上もした、」
「それは今のところないかな!!」
遮るように言葉を被せれば、ちらりとこちらを窺った彼女は「だよねー」とあっけらかんと言った。
ハグ!?キス!?それ以上!?
それ以上って…セッ…
頭の中で上裸の先輩が迫ってくる図を思い浮かべてしまい、ぶわわっと顔が熱くなる。
中学の友達に借りた少女漫画ではそういったシーンが描かれていたりもしたけれど、
自分とは縁のないことだと思っていると不思議と見ていても何も感じなかったのに。
リアルで想像すると途端に恥ずかしい。
「変な意味じゃなくてさ、触れたいなーって思ったこと、ない?」
「そんなこと、」
ない!と即答しかけて、ふと。
「…」
「あれれぇ?その間は、まさかある感じだな~?」
にやにやと目も口もへにゃりと湾曲させた彼女が私の顔を覗き込む。
「いや…その…」
歯切れの悪い返事に「話してみなさーい!」と身体ごとぶつかってきた。
衝撃で箱の中の画材がごとりと音を立てた。
いつだったか、美術室で私の頬に飛んだ絵の具を取ろうと先輩が顔を寄せた時。
目の前の顔があまりにも綺麗で、無意識に手を伸ばしていたことがあった。
あの時は何事もなかったかのように振舞った記憶があるけれど、実のところ自分は何をしているんだと結構動揺していた。
「綺麗なものに触れたいっていうのは…どうなんだろうね…」
話を聞いた彼女が小さく首を傾ぐのが横目に見えた。
「描きたいっていうのとはまた違う衝動だったんだよね」
「自分から触れるっていうのは意外だったなー」
「自分でもビックリだよ」
「でもそれだけで好きじゃんとは言いにくいねー」
別に推しではないけど、目の前に超整った顔の男の子がいたら触れたいと思うもんねーと、
何とも言えない例えをしてくる彼女に疑問を覚えつつ「うぅん?」と適当に相槌を打った。
「失礼しまーす」
誰もいない準備室の中に衣装の入った段ボールを置く。
持ち帰っても使わないということで、今回買った衣装は学校に寄付するという名目で置いておくことにした。
普段は使わない教材や、文化祭や体育祭で使う備品なんかが保管されている教室だけれど、
人の出入りが少ないせいかなんとなく埃っぽい。
「ちゃんと掃除したら掘り出し物とか見つかりそうだねー」
きょろきょろと興味深く見回している彼女に「私、このまま美術室に画材置きに行ってくるね」と声をかければ、
慌てて出てきた。
「やだ、こんなところで1人にしないでよー」
「ただの教室だよ」
「陰気臭い」
「物置部屋だもんね」
太陽の光は差し込んでいるため明るい場所ではあるのだけれど。
まぁお留守番していて楽しい場所ではないことはたしかだ。
すぐ近くにある美術室のドアをガラリと開けると、中で作業していた男の人がくるりと振り返って軽く手を上げた。
「おーお疲れ!」
「お疲れ様です」
「お疲れ様でーす!」
いつものごとくランダムに跳ねた彼の茶色い髪がぴょんと揺れた。
「片付け順調ー?」
「はい、画材返しにきました」
「あ、今向こう散らかってるからその辺置いておいていいよー」
頷いて言われるがまま抱えている箱を近くの机に置いた。
授業や部活で使う道具を保管している準備室から、ガタタッと音がする。
「あっち、何かやってるんですか?」
「あー…さっき来たクラスの人が失くし物したみたいで、自分たちが持ってきた箱ひっくり返してんの」
「さっき覗いたけど酷い荒れようだった」と苦笑する先輩に、乱暴には扱ってほしくないですねとため息を落とす。
「先輩は何してたんですか?」
私のうしろで壁に並ぶ絵を眺めていた彼女がまだ戻る気配が無さそうなのを確認して問いかけた。
「美術部の展示品、回収してきたところー!」
「あ、手伝います」
「さっき終わったから大丈夫!」
「準備に参加出来なかった人がほぼやってくれたしね!」とニッと笑った先輩に、
黙って絵を見ていた彼女がくるりと振り返って言った。
「そういえば先輩、告白(仮)した話聞きましたよー?」
途端ピシと白い歯を覗かせたまま固まった彼に追い打ちをかけるように、
「展示した作品にいる女の子、この子ですよねー?」
ポンと私の肩に両手を置いた彼女は「好きな子を描くなんて粋なことしちゃってー!」とにやにやしている。
ギギギとぎこちなくこちらに視線をやった先輩が、執事のときのような作られた笑顔を向ける。
「話したんだね…?」
「はい」
「ダメでしたか?」と続ければ「いや、いいよ、大丈夫」と言いながらがっくしと肩を落とした。
「夏の合宿のあとからいろいろアドバイスをくれるんだけど、顔がずーっとにやにやしてんだよ」
「えー?真面目にアドバイスしてるじゃないですかー」
「そのアドバイスを真面目に聞いてうまくいったことないんだけど?」
「そうでしたっけー?」
斜め上を見ながらすっとぼける彼女に「アイドルと一般人は違うからな!」と怒っている。
2人の会話を聞きながら、文化祭での先輩の行動を思い出してぶるっと震えていれば、
それに気づいた彼女が「どうしたの?」と訊いてくる。
「ちょっと、思い出し鳥肌」
「なにそれ初めて聞いたー!」
ころころと笑う彼女と、何のことを言っているか察したらしい彼。
こいつ…!とでも言いたげな悔しそうな顔が、彼女を睨めつけていた。
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