少女の選択
文化祭2日目。
おや、あのあと先輩に接客したんですか?とか、男の子は来たんですか?だとか、
中には気になっちゃう人もいるかもしれないけれど。
つまりは何もなかったというわけだ。
だから、今、こうなっている。
「おーほっほっほ、よく来たな!仕方がない、この私が自ら接客してやろうではないか!誇るがいい!」
口元を綺麗に揃えた指先で隠しながら昨日とは打って変わって高笑いする女王様。
聞いていた噂からは程遠いその姿に、朝から我先にと飛び込んできてくれたお客さんが唖然としていた。
目の前に座る男もまた、ぽかんと口を開けた間抜け面で見上げているのを意地悪く細めた眼で見下ろす。
「あ、あれ?そんなキャラだった…?」
「先輩仕様です」
「なんでぇ!?」
目を白黒させる彼は、本日も銀縁眼鏡をかけた執事様の恰好をしていた。
昨日、束の間の休憩後にそのまま貴族カフェに入ろうとした彼を、ロバ先輩があっさりと捕まえた。
「おまえがいないなら他のところ行くって言う子が続出してる!戻るぞ!」そんな言葉とともに、抵抗する暇もなく引きずられるように姿を消した。
ちなみに、あの男の子は帰ってしまったのか、昨日は現れなかった。
そんなこんなで、本日は休憩を貰って早々に貴族カフェへ挑戦状を回収しにきた先輩。
「女王様指名で」と本来そんな制度は設けていないのに、執事スマイルで案内係の子を悩殺し冒頭へ戻る。
挑戦状と言うからには、女王様にいじられたい願望でもあるのかと、昨日よりも元祖女王様っぽさを出してみた。
いやはや、まさかこのフレッシュイケメンにそんな癖があったとは。
「何想像してるか分かんないけど、たぶんそれ違うからね?」
不穏な空気を感じ取ったのか、ふるっと身震いして訝し気な表情で言ってくる。
「そんな隠さずとも分かっておるわ。で、何がほしい?言うてみよ」
メニューを指差して促す私に「何が分かったの?」と独り言ちるように言って、さらりと手元にあるメニュー表に目をやった。
「これって、女王様に作ってもらえるの?」
「阿呆。この私の手作りを食べたいなんぞ100年早いわ!」
「ちぇー」
腕を組みふんぞり返れば、つまらなさそうに唇を尖らせた先輩。
執事姿でその顔はギャップが、と思ったのは私だけではなかったようで、周囲から黄色い声が上がった。
その声音を気にもせず、彼は真剣にメニュー表を眺めている。
なぜ、この男は平然としているんだろう。
慣れなのか?もはや習慣と化しているこの現象は、さも当然かのような顔をしている…!
こちとらいちいち上がる甲高い声に嫌気がさしているというのに!
けろりとしている彼が、メニュー表を指差しながら顔を上げたときだった。
「あ、相席失礼します!」
まだ声変わりのしていない、男性にしては高い声と共に、ガタッと椅子が引かれた。
先輩と向かい合うように座ったのは、昨日の男の子だった。
「こ、こんにちわ!」
走ってきたのか、少し赤く染まった頬と早い息遣いのまま挨拶される。
「昨日の!また来てくれたのだな!」
「はい!昨日はあのあと友達の行きたいところ回ってたら時間なくなっちゃって…」
行くって言ってたのにすみませんと小さく頭を下げられた。
汗汗、という表記が正しいのだろうなと思う素振りで、膝の上で拳を作っている彼の可愛らしいこと。
まだ幼さの残る顔立ちが、母性本能をくすぐる。
「いや、こうして来てくれたことが嬉しい。何か飲むか?私が作ろう」
ふわりと笑って「どれがいい?」と尋ねたところで、黙ってその様子を見ていた先輩が堪らず声をあげた。
「ちょっと待って!?」
「なんだ、お主は早く決めぬか」
「俺との差が凄くない!?」
自分と目の前の男の子を交互に指差しながら「おかしいよね!?」と必死に訴えてくる。
「てか、君も!なんでわざわざこの席なの!?」
相席を許した覚えはないんだけど!とふてくされた顔で机を指先でトントンと叩く。
自分よりも年下の、こんなか弱そうな男の子相手に何を言い出すんだ!大人げない!
じっと動く指先を見つめていた男の子は、ぱちりと瞬きをしてからすっと視線を上げた。
「執事さん、昨日も一緒にいましたよね?恋人ですか?」
一瞬、すべての音という音が教室からなくなったような気がした。
先輩の指先は動きを止め、周りの人もはっと息を呑み、彼らに向けていた私の顔には張り付けたような笑顔だけが残った。
わーお、それ、ここで言うー?
少年の突拍子もない一言に、先輩はなんと答えるのだろうと全員が見守る中、
ふっと小さく息を漏らすように彼は笑った。
「少年、それを聞くということは、君”も”彼女が好きになったのかな?」
机に両肘をつき、指先に顔を乗せた彼が余裕の笑みで問いかける。
心なしか強調されている箇所があったように聞こえたけれど、にこりと作られた笑顔に何も突っ込めない。
ここで返ってくる答えによっては、君には席を移動してもらうとでも言いたげだ。
そんな先輩の空気に一瞬怯んだ様子の男の子だったけれど、膝の上の拳にぐっと力が入ったのが見えた。
「スカーレット様は尊敬する方です。好きとか嫌いとか、そんなちんけな言葉で片していいお方ではないのです!」
きっと睨むように、目の前の年上の男を見つめながら声を張った。
「…へ?」
「彼女は、僕が長い時間をかけて仲を深めたスカーレット様なのです!毎日会いに行き、ときには共に魔物退治、ときには魔導書の買い出し、
ときには悩める彼女の相談役として、民をまとめる彼女の片腕という地位をやっと手に入れたのです!」
「お、おう…?」
「スカーレット様はとても高貴な方なのです!彼女のそばで、彼女を支えるのはこの僕だ!あなたのような執事ではないのです!」
はぁはぁ、と息を切らしながら早口に浴びせられた演説に、先輩も皆もぽかんとする。
この、可愛らしい顔をした少年は、正真正銘、ヲタクだったようだ。
あぁ、もったいない!このポテンシャルがありながら、このヲタク特有の喋り方と熱意!
いや待てよ。
これを武器としてアイドルになるのもアリなのでは?
小柄でも、逆に言えば母性本能をくすぐられるってものだ。
って、そうじゃなくて!
「え…と、スカーレット様っていうのは…」
「ゲームのキャラクターです!」
でしょーね。
「女王様そのものと言いますか、まるでゲームから出てきたような…それくらい似ているのです!」
キラキラと輝く瞳がこちらを見上げてうっとりとする。
ひくっと口元が引きつるのが自分でも分かった。
「そういうことだったんですね」
くいと眼鏡を持ち上げた彼が、満面の営業用スマイルを見せる。
その顔からはライバル以前の問題だったと喜々とする思いが見て取れた。
「いいですか、少年。残念ながらここにいる彼女は君が崇めるスカーレット様ではない」
そうはっきりと言われて、男の子の顔がうっと歪む。
「しかし、彼女もまた高貴な方だ。この美しさは目を見張るものだろう。君が一目置いてもなんら不思議はない」
男の子は黙って彼の声に耳を傾けている。
「スカーレット様の傍らに有能な臣下…君がいるように、この素晴らしいお方の傍にも右腕となる人物が必要なんだ」
なぜか、うんうんと真面目な顔で頷く男の子に気分が良くなったのか、
唐突に席を立った彼は呆気にとられている私の横に並ぶと片手を胸に添えた。
「そう、それはつまりこの私!隣に並んでも引けを取らない容姿!洗練された身のこなし!
彼女の側近にふさわしいのがこの私以外に誰がいようというのだろう!」
声高らかに宣言した先輩は「女王様」と呼びかけ、慣れた仕草で斜め45度に腰を折ると、
「あなた様はこの私が、命に代えてもお守りいたします」と忠誠を誓った。
「…」
なーにを言っとるか。この男は。
誰かこのバカげた寸劇を終わらせてくれ。
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