少女の選択

野外ステージから少し離れたベンチに座り買ってきたものを食べる。

時折先輩が食べているものと交換しながら、屋台の味を味わっていた。


ステージではいかにもチャラそうな男の人で組まれたスリーピースバンドが演奏を開始した。

人気ロックバンドの曲を披露しているようだけれど、お世辞にも上手いとはいえない。

唯一まぁまぁ上手いボーカルがノリで場を盛り上げ乗り切ろうとしている。


「軽音部の人ですかねぇ」


唐揚げをぱくりと口に放れば「違うよ」と横から聞こえて、ふぅんと興味なさげに相槌をうった。


「バンドやったらモテそうって言ってた」

「モテるんですか?」

「さぁ…分かんないけど、そんなの上手いやつ限定だよなー」


遠まわしに下手だと言っている。


「あんまり練習してこなかったんですかねぇ」

「してたみたいだけど、聴こえなかった?」


「はい、焼きそば」とパックを渡してくれるのを受け取りながら、やってたっけ?と記憶を辿る。


「部活のときもたまに聞こえてたよ」

「え、全然気にしてなかったです」

「同じフレーズだけ何回も繰り返してたの気にならなかった?」


そういえば…

やたらとサビばっかり弾いてる人たちがいたっけか。


そんなことを頭の片隅でぼんやりと思い出していれば、まさに記憶に流れる音楽が耳に飛び込んできた。


「あ、これだ。ここだけ聞いた記憶ある」

「何回もやってたところはさすがに上手いなー」

「先輩なんか今日辛辣ですね」

「俺今日明日は知的なクール系キャラだからね!」


ふふんと見せつけるように眼鏡のテンプルに指を添えた。


「休憩中もやるんですか?」

「うん、いいでしょ?」


片眉をくいっと上げるように動かしてにこりと笑む彼。

どうしてか、身体がむずむずする。

サビが終わった途端に音がばらばらし始める演奏にもうずうずしてしまう。


なんだろう、この感覚。


「女王様、ソースがついてますよ」


そういって、手袋を外した手の指先で私の口元をぬぐったかと思えば、

彼はそれをぺろりと舐めとった。


途端、ぶわっと毛が逆立つ感覚がした。


「いいい、いらないです!そういうの!」

「いらないって何!?」


廊下で会ったときからやたらと甘ったるい言動をしてくるなとは思っていたけれど、

違和感しかない!

気持ち悪い!


「先輩にそのキャラは似合いません!」

「え!クールなイケメンってみんな好きなんじゃないの!?」


なんじゃそりゃ!誰情報よ!


「これで落ちない女の子いないって言ってたんだけどな~」

「少女漫画の読みすぎなんじゃないですか?」

「カッコいいアイドルはこういう路線の人が多いって…あ」


しまったと口を塞いだ彼だけれど、言わずもがな1人の少女が浮かぶ。

アイドルが好きで、少し前まで先輩を推していたという彼女が。


「私もそういう人だったら今頃恋愛の1つや2つしてきてますよ」

「だよねぇ…。いや俺も言ったよ?それあの子に効く?ってさー」


口を尖らせた彼は、とにかく押せって言うからやってみたのにーやっぱダメじゃんーとぶつくさ言いながら、

かけていた眼鏡を雑に引っぺがして放るように横に置いた。


まったく、変なことを吹き込まないでやってくれないか。

いつも柔らかくて中性的な綺麗さを持つ人に男を出されると…変に色気が増してどうにも…

ぞわぞわする。


「少しもドキドキとかなかった?」


確かめるように聞かれてぎくりと肩が揺れる。


し…しましたけど?ちょっとだけ?してないと言ったら嘘になりますけど?

ぐるぐると考えて目が泳ぐ。


綺麗な顔立ちは相変わらずだし、そこに甘いセリフと仕草が加わったらさすがの私でも心臓が跳ねてしまう。

ましてや、そんな男が自分を好きだということも知っている。

そうともなればうろたえてしまうのも仕方ないでしょうに!


私の返答を待つ彼をちらりと見やる。

困ったように眉を垂らせ、じっとこちらを見ていた瞳と視線がぶつかった。


ぐっ…その子犬のような顔…絶対意図的にやってる!


「し…したりしなかったりしたようでしてないというか」

「ん?え?どっち!?」

「嫌いじゃないですけど鳥肌ものなのでいつもの先輩でいいです」


早口につげてたこ焼きを口に詰め込んだ。

もう喋るまいと、もっもっと大きく口を動かして嚙み砕いていく。


「そんな無理に詰め込んだら詰まらせるよー」

「はいひょふへふ」

「喋れてないじゃんー!」


ははっといつものように笑い声をあげた彼に、なんだか少しほっとしてしまった。

お淑やかにゆるゆると唇で弧を描くのも色気があって絵にはなるけれど。

やっぱり先輩には声を上げて楽しそうに笑って欲しい。


「ふ…先輩はそうやって笑う方が素敵です」


少しだけ頬を緩めて、それからメロンソーダのストローに口を付けた。

ほんのり炭酸が抜けて弱々しくなったそれは、心なしか甘味が強くなったように感じる。


「ありがとーう!」とステージでボーカルがマイクを離して叫ぶ。

好きなアーティストを模倣しているんだろう。

演奏は置いておいて、そういうところだけはしっかりアーティスト気分らしい。


パチパチと拍手がなる中ヒューッと誰かが口笛を吹いて囃し立てた。


「文化祭マジックですね~」


そんな光景をぼんやり見ながら、静かになった隣を向けば。

耳まで赤くした顔を手の平で覆い隠して「そうだね」と適当に返事をしてくる彼に、咥えたままだったストローがすぽっと口から抜けた。


「な、なんですか、どうしたんですか」

「どうしたじゃないよ!わざとやってる?」


指の隙間からちらちらとこちらを覗き見ながら拗ねたように問うてくる。

わけがわからず首を傾げれば、自身を落ち着かせるようにふーっと長く息を吐いた。


「俺さー、その顔好きなんだよ」


諦めて手をどかしたそこには、耳と同じく赤く染まった顔があった。


「その顔って、」

「分かんないでしょ」


そう目を細めて笑う彼は優しい眼差しを向ける。


「俺にしては珍しく、描きたいと思うくらい綺麗なんだよ」


あ、これは本心だからね?と取ってつけたように言って、気恥ずかしくなったのかメロンソーダを吸い込んだ。


”描きたい”


それは私からしてみれば最高の口説き文句だ。

彼も同じことを思ってくれたのか。

ひまわり畑の絵も、”私を”描きたいと思って描いてくれたのだろうか。


ふーっと静かに風が通り抜けた。


「もうすっかり秋の風だなー」


空を見上げる横顔に、ぽかぽかと胸は暖かい。


「先輩、今のはトキメキました」


いたずらに笑えば「え!?なにどれ!?」と自分の言動を振り返る。


「教えてなんかあげないわ」と口角をあげれば

「ここで女王様出さなくてもいいじゃんー!」と拗ねる彼。


「そろそろあの男の子が来そうだから戻るわね、ご馳走様」


そう言って飲み干したメロンソーダのカップと空になった食べ物の容器を近くにあったゴミ箱に突っ込んで歩き出せば、

慌ててあとを追ってきた先輩は「俺が先!」と恋のライバル(?)に先越されまいと前を歩く。


「執事様も戻らないと、そろそろお嬢様たちが泣き出す頃じゃなくて?」

「接客しろと挑戦状を叩きつけておいて行かないわけにはいきませんよ」


覚えていたかと眉根を寄せた私を知ってか知らずか、再び銀縁眼鏡をかけた知的な顔が笑った。

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