少女の選択
立ち入り禁止の場所を1歩抜ければ、途端に注目を浴びる。
さっきは走り抜けたけれど、今は人目を気にせずのんびりと歩いているだけに、こちらを見る表情までしっかり分かる。
それでいてちゃっかり手なんか繋いじゃってるもんだから、視線が痛いくらいに刺さった。
手はしっかりと包まれていて、離すものかと言わんばかりにぐっと力が入っている。
外へ出れば私たち以外にもコスプレや着ぐるみを着た人があちこち闊歩している中で、
同類たちからも注目を浴びる始末。
執事が女王様を連れて歩くのがそんなに目立つのか?
いや、これはきっと目の前を楽しそうにきょろきょろしながら歩く彼のせいだろう。
これだからイケメンは。
「焼きそばでいいー?ホットドッグとかもあるけど、たこ焼きもー」
「定番のラインナップですね」
「なんだかんだそういうのが1番良かったりするよねー」
まぁ、たしかに。
指を差しながら、あれもこれもと見て歩く。
「飲み物は?メロンソーダとかあるよー!」
「あれ、タピオカは?」
「タピオカが良かった?」
「あ、あれにしましょう、唐揚げ」
「今飲み物の話してたよね?」
ぐぅ、と自分のお腹が空腹を知らせる音に従って、ぐいと先輩の手を引いた。
揚げ物の良い匂いがこっちへ来いと誘う。
「焼きそばは?」
「それも食べます」
「たこ焼きは?」
「食べます」
唐揚げに向かいながら先輩からの問いに答えていれば「どんだけ食べるの!」とうしろで吹き出す音がした。
私に手を引かれながら、空いた片手でお腹を押さえて笑う。
「あとでメロンソーダも飲みましょうね」
「仰せのままに、女王様」
ちらりと盗み見た彼は、楽しそうに顔をくしゃりと崩して笑っていた。
「あの!どこに行けば会えますか!?」
そう聞かれるのはこれで何回目か。
宣言通りに唐揚げも焼きそばもたこ焼きも買い、最後に飲み物を調達しようとメロンソーダを買いに来た先で、
商品を手渡しながら尋ねられたそれは、回ってきたすべての店で言われて聞き飽きてきたものだった。
「どちらをご所望ですか?」
そう執事らしく聞き返す彼の言葉もまた、もう何度聞いたことやら。
「どちら…同じクラスじゃないんですか?」
きょとと不思議そうな顔も、以下同分。
どうやら、先輩は知られているけれど私はまったくの無名のため、同じクラスの人だと勘違いしているらしい。
こんなところで有名人との差を突き付けられるとは…まぁ、気にしないけど。
「違うクラスなんですよ。彼女は1年で貴族カフェやってます」
「あ…そうなんですね」
「私は2年で執事喫茶やってるので、是非いらしてくださいね」
「ハ、ハイ…!」
営業スマイルとでも言おうか、いつもよりも控えめにお淑やかに笑ってみせる彼に、
くらりとよろけたその人は「おわっ、危ない!」と近くにいたクラスメイトに支えられた。
はい、また1人落としました。
やれやれと受け取ったメロンソーダをストローから吸い込めば、口の中で炭酸がシュワシュワと踊った。
「あ、あの、あの!」
久しぶりの弾ける感覚にぎゅうと目を閉じていれば、そんなたどたどしい声がして振り返る。
先ほど「罵ってくれ」と無茶ぶりしてきた若者が、ピシッとまっすぐに立っていた。
「女王様、いつ戻られますか!」
「…へ?」
「さっきも行ったんですけど、休憩中だって、」
ほんのり耳を赤く染めながら、身体の横にぴたりと着けた腕の先でぐっと拳が作られる。
中学生、だろうか。
まだ一度も染めたことがないであろう自然な黒髪はツヤツヤしており、まだ幼さの残るあどけない顔が可愛らしい。
アイドルにもなれそうな顔立ちだけれど、いかんせん背が低い。
ここからまだ成長すると思えば、今から応募しておいても良い気がする。
「せっかく来てくれたのに申し訳ない…」
「いいんです!ゆっくり休憩してください!」
「優しいのだな。あとでまた来ると良い。その時は私がもてなそう」
ふっと微笑みかければ、頬まで赤く染めた少年は勢いよくぺこりとお辞儀をして走り去っていった。
「メロンソーダと女王様って違和感だよなー」
言いながら同じくメロンソーダを手にした先輩がぼやく。
ごくりと喉がなったのと同時に、なかなかに強い炭酸に顔をしかめていた。
メロンソーダと執事も違和感だけど。
「あの子1回来たの?」
「午前中に来てくれたんですよね」
「そうなんだ。ハマっちゃったんだねー」
「私のなにが良かったんですかねぇ」
「さぁ?好きなアニメのキャラに似てるとかじゃないの?」
適当に言ったであろうそれに、そういえば少々ヲタク風な喋り方をしていたっけと「あぁ」と納得してしまった。
「どうしようガチ恋だったら。俺ライバルじゃん!」
「たぶん中学生ですよ」
「恋に年齢なんて関係ない!」
男子高校生が言うには早いようなセリフだよな~なんて、勝手にライバル視している彼を横目にメロンソーダを喉に流し込んだ。
「ま、とりあえず食べましょう」
買った食べ物は一つの袋にまとめて先輩が持ってくれている。
少し減ったメロンソーダだけを片手に歩き出そうとすれば、いつの間にか離れていた手を再び掬われた。
「教室戻ってもいいけど、せっかくだから外でどっか座って食べよ!」
「ステージ、見えるところにしますか?」
「お、いいねー!賛成ー!」
前を歩く彼の背中を見つめる。
ビニール袋を腕にぶら下げ、手にはメロンソーダの知的な執事様。
手を引かれて半歩うしろを歩くのは、黒いドレスを着てメロンソーダ片手に歩く女王様。
なんておかしな光景だろう。
「文化祭ってこんなに楽しかったっけなー」
「去年は何やったんですか?」
「んー…休憩所!」
「休憩所?」
「ただゆっくり休む場所」
なんだそれ!手抜きか!
「結局自分たちがずっとそこで遊んでた気がする」
「そりゃ楽しくないんじゃないですか?」
「あれはあれで楽しかったんだよー?」
じっと眺めていたうしろ姿が、ふとこちらに傾く。
「でも好きな子と一緒に回れるほうが最強!」
にっと笑ったその顔が、澄んだ青い空の下できらりと輝いて見えた。
「…そういうもんですか?」
「そういうもんなの!」
ぎゅっと一瞬強く握られた手。
…まぁ、ほんの少しだけ、分からないこともない。
透き通る緑を空にかざすと、
泡がすーっと上まで登って、ぷちと弾けた。
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