少女の選択

まぁ現実は、そうもいかないわけだけど。


「はぁ、はぁ、」

「大丈夫かー?」


暫く走ったところで、私の体力不足がたたって一気にペースダウンした。

ほぼ歩いていると言っても過言ではない程のペースで進んでいたものの、それも着慣れないドレスのせいで限界を迎えた。

関係者以外立ち入り禁止となっている教室に逃げ込んだところで私の足は完全にストップ。

膝に手をつきぜぇぜぇと大きく肩で息をする私を、サッカー部の彼は飄々と見下ろしていた。


なにが、そのうち楽しくなって、だ。

笑いながら走るとか体力おばけかっつーの。

「俺ら何してんの」って、そんな爽やかな雰囲気どこにもないって。


「はぁ…しんど…」


少女漫画的胸キュン展開は、万年室内でひたすらに絵を描いている人間には程遠かった。


「胸キュンどころか心臓バックバク」

「なにそれ」


ケラケラと笑う先輩が恨めしい。

1人だけ楽しそうにしやがって!

こちとら死にかけなのに!


「なにか飲み物買ってこようか?」


窓から外に並ぶ出店を見下ろしながら訊いてくる。


「ん…はぁ…飲み物ですか」

「うん、タピオカとかもありそうだよ」


やっと呼吸が落ち着いてきたところで、先輩の隣に並び外を見下ろす。

上からだとあまり良く見えないけれど、たしかにタピオカの文字が見えた。


「んー普通にお腹空いちゃいました。焼きそば食べたいです」

「いいね!落ち着いたなら、外見に行こっか!ついでに外でやってるステージ覗かない?」


射的もあるよー!文化祭っていうか夏祭りみたいだねー!どこ行くー?なんて、

呑気に独り言ちている彼に正直に思っていることを伝えようと思う。


「…なんで一緒に回ることになってるんですか」


そんな約束した覚えはない。

むしろ接客しろと挑戦状を叩きつけられた記憶のほうが新しい。


え!?と驚く先輩に、え?と首を傾げた。


「一緒に行ってくれないの!?」

「だってそんなこと一言も、」

「そこはこの流れで察してよ!」


察せ!?

この私に察せと!?


「んな無茶な」


同じクラスでもなし、同じ学年でもなし、ましてや恋人でもなし。

ただの部活の先輩後輩なんだ。

休憩時間はそれぞれの友達と回ると思うじゃないか。

たまたま流れで2人になったからって、じゃあ一緒に回ろうなんて、この私がそんな思考に至るとでも?


はんっと開き直って鼻で笑うと、彼はごほんとわざとらしく咳払いした。


「俺は、君が好きで、アタックする宣言をしました」

「…はぁ」

「接客だけでもいいから会えないかなと思ってたら、休憩時間が被ったではありませんか」


なんだ、朗読会でも始まったか?


静かな口調で、読み聞かせるようにゆっくりと話す声を、短く相槌をうちながら聞く。


「一緒に回ろうと思っていた友達は、自分を置いて去っていきました。

 奇跡的に好きな子と2人きりになれた王子様は、こんなチャンス掴まないでどうすると高揚します」


王子様?


「何か買ってこようかと提案してみれば、お姫様は焼きそばが食べたいと言うではありませんか」


お姫様?


「よーしじゃあ一緒に行こう!って、なるでしょ!?」

「いやいや、待ってください先輩」


最後の最後にいろんな意味で雑に朗読会が終わったのを聞いてから、即座にストップをかけた。

なんですか?と腕を組み、何か反論でも?と口をへの字に曲げる彼。


「登場人物が合致しません。よく見てください、今の状況を」

「よく見てますけど?」

「ここには王子様もお姫様もいません。いるのは女王様と執事です」


そう、立場を考えて”察する”ならば、物語の結末はこうだ。


「女王様が焼きそばが食べたいと仰るなら、すぐに執事が用意する、じゃないですか?」

「ぐっ…つまり、それは…」

「待ってるから買ってきてください」


ピシャァン、と雷に打たれたかのように膝から崩れ落ちていった先輩を、仁王立ちで見下ろす。

うわぁ、なにこれ。


「おもしろ…」


思わず口を出た言葉に、足元で項垂れていた彼が勢いよく顔を上げた。


「職権乱用だ!」

「否!」


「はよう、行ってまいれ」とどこぞの武将を降臨させれば「女王様どこいった!?」とすかさず突っ込みが入った。


「ちょっと待って、噂によると優しい女王様なんじゃなかったの?」

「そうでしたっけ?」


そんなこと聞いてませんとすっとぼければ、俺にだけしっっかり女王様なの解せない…と再び頭を垂れた。

かと思えば、のそりとおもむろに立ち上がった彼は、そのまま流れるように私の足元に跪く。


「お願いです女王様、わたくしと一緒に回ってくれませんか」


言って、様子を窺うようにこちらを見上げた。

不安げな上目遣いに、こてと首を傾げる様がなんとも子犬のように見えて、可愛い。

こんなことでもないと見ることのできない光景に、きゅぅ、と心臓が鷲掴みされたように縮んだ。


「し、仕方ないなぁ…」


そう呟いた時点で私の負けだ。


「え!いいの!?」

「いいですよ…」


途端、ぱぁっと弾けるような笑顔ですっくと立ちあがった執事様は「っしゃ!」とガッツポーズをしてみせた。


「やったやった、行こ!」


あんまりにも嬉しそうにしているから、

すっと差し出された手を、無意識に握り返してしまった。


「やっぱり鈍ちんには、丁寧に言ってもダメだったけどー」


スキップでもしそうな勢いで教室を出ながら言われた言葉に、

「鈍ちんって私のことだったんですか!?」と驚けば、

「そうだよー今ごろ気づいたの?」なんてあっさり言われてしまった。


そうだったの!?

いったいどこのどいつだと呆れていたけれど、まさか自分自身に呆れていたなんて!


「珍しくこのイケてる顔を駆使してみたのが功をなしたかなー!」

「…え?」


浮かれる彼が続いて発したそれにピクリと反応すれば「しまった」と分かりやすく口を結んだ。


もしかして、さっきの子犬のような顔も仕草も、すべて計算のうちだったというのか?


「執事さん?」

「…なんでしょう、女王様」

「それは狡い!」

「使えるものは使わないともったいないし!」


あぁもう、やられた!


にやりとしたり顔の知的な執事は、くいと眼鏡のブリッジを中指で押し上げる。

それがまた絵になって、綺麗で、描きたいと思ってしまう。


「ていうか、この恰好のまま行くんですか?」

「せっかくの文化祭だし、俺がもうちょっと見てたいからね!」


そんな恰好レアだし!と眼鏡の奥でタレ目がゆるりと細くなった。


その姿で、そんな優しく微笑むのは、狡い。

私だって見ていたいと思ってしまったじゃないか。


どうにも、私はこの絵になるイケメンに弱いらしい。

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