少女の選択

賑やかな校内。

人が行き交う廊下はすれ違うのも一苦労なほど。

開け放たれた窓から、呼び込む声やバンドの音楽が流れ込んでくる。


そんな文化祭、1日目。


昨日の出来事を彼女に話したかったのだけれど、どうにも準備に追われてそんな時間は取れなかった。

そして最後の最後に宣戦布告を受け、頼むから来てくれるなと願いながら本日を迎えている。


「みんな貴族になりきって、楽しもうね!」と実行委員が声をかけ、私たち貴族カフェもオープンしたのだった。


「ねぇ、これ変じゃないー?」


隣りに並んだ彼女は、女王様の指示通りに金髪の縦ロールになった髪を指先でクルクルと弄っている。

ピンクのふわふわした可愛らしいドレスも相まって、まさに貴族のお嬢様と化していた。


「似合うよ」

「変じゃないならいいか~」


鏡を見ながら少し髪を整えてキメ顔を披露する彼女。

やれと言ったのは私だけれど、本当に被るとは思っていなかった。

その度胸は素晴らしい。


「シャルロット~お客様よ~」


そんな声が飛んできて隣で縦ロールを弄っていた彼女が「は~い」と返事をする。

コンセプトに合わせてそれぞれ名前を付けようということになっていたのだけれど、彼女は「どこからどう見てもシャルロット」といったクラスメイトに

ゴリ押しされてシャルロットになった。


かく言う私は「女王様以外は認めない」と、名前という名前は与えてもらえなかった。


オープン早々、可愛い可愛いシャルロットが無双し客足は絶えない。

私は女王様の名の下、とりあえずクールな感じで、と大雑把に指示を受け開き直って接客していた。


「いらっしゃい。ご注文は?」

「あ、えっと…罵ってください!」


男性2人組みのお客様。

チャラそうな雰囲気はなく、大人しそうな若者だなーと観察していればそんなことを言われた。


罵るとは。

生憎ここはただのカフェであり、そういう要望にはお応えしていない。

女王様ならば「は?」と正直に言ってしまっても良さそうだけれど、その前に私は店員だと言い聞かせる。


「困ったな…大事な客人を罵るなんて無礼は、私には到底できそうにない」


「申し訳ない」と困ったように微笑を零せば、それが良かったらしい。

ストッと射抜かれた男性2人組みは途端目をとろんとさせて、


「はあぁぁ…見た目からクールでツンツンしてるかと思いきや実は優しいタイプ!悪役になりきれない女王様だぁぁ!ありがとうございます!」

「あの、もう何でもいいです!女王様のお勧めください!」


よく噛まないなと感心するほどの早口を披露し、メニューを見ることをやめた。


「承知した。すぐに作ろう」


緩やかに口角を上げてその場に背を向ければ「やべぇ」「ハマる」なんてヒソヒソと会話する声と同時に、

近くの席に座っていた女性3人組から「うわ…えっぐい」と上擦った声があがった。


これがきっかけとなり、

”可憐なシャルロットと麗しい女王様が接客してくれる店”として瞬く間に噂が広まり、教室の前には長蛇の列ができることになるのだけれど。

常に室内にいる私と彼女はそんな状況など露知らず。早く休憩入りたーいなんて呑気に考えながら接客していた。


「うわ~来てくれたの嬉しい~!どんどん食べて飲んで、ゆっくりしていってねー!」うふふっと笑うシャルロット。

「よく来たね、好きなものを頼むといい」ふっと微笑む女王様。

接客する度にテーブルから「キャー」なんて悲鳴にも似た叫びが響く。


売り上げはどんどん伸びる。


しばらく接客していたものの先輩が姿を見せることはなく、すっかり存在を忘れていた頃。


「女王様、知ってます?」


注文された飲み物を運んだ先のテーブルで、美術部の女の先輩に引き留められた。

ちょいちょいと手招きされて顔を寄せれば、


「ここと競い合ってるカフェが2年にあるみたいなんだけどね」


とニヤニヤ、愉快そうに笑う。


「イケメンの執事がいるカフェっていうので、女子が殺到してるんだって」

「イケメンの執事…」


いやもうそれだけで誰のことか察する。


「フレッシュ先輩ですね」

「あったりー!」


どうりで。宣戦布告してきたくせにいつまでたっても姿見せないなと思った。


「さっき行ってきたんだけど、様になってて眩しくてウケるから休憩とれたら行っておいで」


くすくすと光景を思い出しながら笑っている。


「似合ってるのがまたからかいがいがあってさ」

「それは…面白そうな話ですね」


あとでこっちから突撃してやろう。この女王様が自らの足で!


先輩とフッフッフ…なんて怪しく笑えば、

「悪い顔してる女王様も綺麗なの罪なんだけど…!」と聞こえてきてはたと我に返った。


しまった、今接客中だったと気持ちを切り替えた私に「ちなみに、プチ情報」と付け足すように先輩は教えてくれた。


「”1年の美人女王と2年のイケメン執事”って、めちゃくちゃ噂になってるよ」

「なんですかそれ」

「売上1位になるのはどっちだろうね~」


「私は女王様を応援してるよ」とガッツポーズをした先輩に、はぁ、と間の抜けた返事をして一度裏に引っ込んだ。


美人”女王”…?

って、もしかして私!?

いや待って待って。なんで!?

それを言うならシャルロットじゃないのか!


ていうか、そんなにこの女王様キャラってみんなの心を射止めるの?

え、なんで。


「いや~やっぱり接客にして正解だったー女王様!」


続いて裏に引っ込んできたシャルロットは、火照った頬を冷ますように近くにあったメニューでパタパタと顔に風を送る。

季節は秋だというのに、人の熱気で室内は暑かった。


「噂聞いた?美人女王だって!

 さすがだねー!本当、気づいてないのもったいないと思ってたんだよねー」


「集客集客ー!オホホ!」なんて可憐なお嬢様設定とはかけ離れた高笑いを披露している彼女。


「なんで私が…シャルロットのほうが可愛いのに」

「えー!ありがとー!でも女王様もお綺麗だよ!自信持ってー!」

「いや、そういうことじゃ、」


ぽんっと励ますように背中を叩かれた。

べつに自信がなくて落ち込んでるってわけじゃないんだけど…もういいや。

元が取れるなら集客要員にもなろう。


「2人、休憩取っておいで!」


ひょこと顔を覗かせた実行委員にお礼を伝え「じゃあちょっと他見てくるね」と何の気なしに言えば、


「服そのままで、これ持っていってね」


なんて、ちゃっかり『貴族カフェやってます』の宣伝用看板を渡された。

これでは休憩という名の仕事じゃないか。


「集客よろしく~」とひらひら手を振って接客に戻っていたのを確認して、彼女と肩をすくめた。


さてどこに行こうかと、渋々看板を手にした彼女に、


「私行きたいところあるんだけど」


そう提案して私たちは教室を出た。

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