少女の選択

「これ、」

「うん、俺の好きな子描いてみた!」


そう、あまりにもさらっと言うものだから、


「…上手に描けてますね」


一旦、何事もなかったかのようにしてみた。


「…」

「…」


2人の間に少々気まずい静寂が流れる。

横からジト…と見られている感覚がするのはきっと気のせいじゃない。


「あのひまわり畑ですよね、これ」

「そうだね」

「私まで綺麗に描いてくれてありがとうございます」


色白の肌に黒いストレートの髪が風に靡く少女。

うすらと見える横顔は幸せそうに微笑んでいる。

実物よりもかなり美しく描いてくれているんだろう、きっと私だとは誰も思わない。


「見たまんま描いてるよ」


そう言う彼の声は明らかに不貞腐れている。


「私、こんなに美人じゃないですよ」

「綺麗だよ」


間髪入れずに言われたそれに驚いて言葉が詰まる。


「変なフィルターかかっちゃってるんじゃないですか?」


そう冗談で言ったつもりだったのだけれど。


「まぁね、好きな子って可愛く見えるしね」


予想していなかった返答がきて、どうしてか逃げ道が塞がれていくような感覚がした。


この前からやたら可愛いって言ってきたり、

好きな子って言ってきたり…このフレッシュ君は一体どうしたというのかね。

文化祭で浮かれてるのか。

この騒々しさにやられたのか。


「あの、もしかして今って告白してます?」


薄々思っていたことをド直球に、眉根を寄せながら言ってみれば。


「え!告白だと思ったの!?ついに!?」


「えっ!うそ、やだぁ」なんて途端に目を輝かせて、口元に手を添えながら顔を近づけてきた先輩。

予想外の反応に、身体を仰け反らせて後ずさる。

なんでたまにオネェが出てくるんだ、このイケメンは。


「今まで何回匂わせても空振りだったのに!」

「匂わせ…?」

「やっぱりストレートに言うべきだったんだぁ」


「感動ー…」なんて目を閉じてなにかを噛みしめているところ、申し訳ないが。


「ごめんなさい」

「うんー……え”ぇえ?!」


突然の謝罪に聞いたことのないようなダミ声を発した先輩。

どっから出たんだその声。


「ちょ、ちょっと待って」


手の平をこちらに向けて何も言うなと制した彼は、状況を整理できずに顔をしかめている。


「え、なに、ごめんなさいって言った?」

「はい」

「何に対して?」

「何…告白に対して?」


こてと首を傾げれば「ん”んっ!」と咳払いで言葉を止める。


「俺まだ告白してないから!待って!」

「え、そうなんですか?さっきから好き好き言うから、」

「そうだけどそうじゃなくてさ!」


「違うんだよ!」となんとも言えない顔。

何がどう違うんだよ!


「好きなんだけど、告白はちゃんとするから!まだ答え出さないでほしい!」


そんなこと言われても。


「たぶん答え変わらないと思、」

「あぁぁ容赦ないのヤメテ!」


聞きたくないと両耳を塞いでその場にしゃがみ込む彼。

涙目でこちらを見上げると、暫し黙り込んで、それから「わかった」と1人頷いて立ち上がった。


「とりあえず、今のは全部俺の独り言だと思って」

「はぁ…」

「まずは明日の文化祭を楽しもう、な!」


ぽんと肩を叩かれた。


なにがなんだか。

今の時間なんだった?

私は告白されてたのか?いや違うんだっけ。

でも好きなんだよな、私のこと。

うーん……


え?


「待って、先輩って私のこと好きなんですか!?」


肩に置かれた手を振り払いながら言えば、目の前の彼は瞬きを数回繰り返した。

そして、まん丸に見開かれた目とあんぐりと開かれた口。


「ずっとそう言ってるじゃん!?」

「えぇ!?loveですか?likeじゃなくて!?愛ですか!?」

「loveだよラブ!愛だよ!?」

「へぁ!?」


そうだったの!?

まさかそんな、ありえないと思っていたのに!

やたらと彼女が「先輩に好きって言われたら~」とか言ってきてたのはそういうこと!?

ガチなやつ!?


「えぇぇえ???」

「さっき分かったような素振り見せてたのはなんだったの!?」

「いや冷静に考えたらちょっと意味分からないなって」

「冷静に考えなくていいよもう!!」


衝撃的な事実にこちらも開いた口が塞がらない。


「待って!じゃあさっきのごめんなさいは何!?」

「まぁとりあえず断っておこう的な?」

「とりあえずで振るのやめてもらっていい!?」

「いやだってありえないと思ってるから!」

「なぁんでだよ~」


ほんとに、このイケメンが私を好きになることがあるんだぁ…

あれだけ可愛い子がマネージャーとして近くにいたにも関わらず。

人生、何が起こるか分からない。摩訶不思議だ。


「あのぉ~」


脱力してるイケメンと、腕組みをして予想外の出来事に感心すら覚えている少女へ、

そろりと気まずそうな声がかかった。


教室のドアからなかなか中に入れず右往左往していたらしい書道部の人たちが、

勇気を振り絞ったのだろう。


「もう中入っても良いですか~?」


なんて引きつった笑顔で聞いてくる。


「どうぞ、おかまいなく」


そう何でもないように返すとぞろぞろと数人が入ってきた。

「告白してるのかなんなのか分からないのに入れないって…」なんて、誰に言うでもなく呟いた声が聞こえた。


「あ、いたいた!ちょっと人手足りないんだけど戻れない!?」


書道部の最後にひょこりと顔を覗かせたのは、夏休みでさらに黒さを増したロバ先輩だった。


「ん?なんかここ空気おかしくない?喚起したほうがいいんじゃねぇ?」


何を感じ取ったのか、当たってるとも外れてるとも言えないアドバイスをしてくる。

「せっかくいい天気だしよー」と勝手に窓を開けだす彼に、救世主がきたとでも言うような眼差しを向ける書道部員。


そして「ごめんねー!こいつ持ってくわー!」と私に一言かけて、彼の背中をぐいぐいと押すように教室を出ていく。


姿が見えなくなる寸前、彼は私を振り返り、


「明日待ってろよ!絶っっ対に接客してもらうからな!!」


なんて叫んで消えていった。


「なにあれ、宣戦布告?」


私よりも先に、書道部員の誰かが突っ込んだ。

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