少女の選択
文化祭前日。
本日は1日準備のため授業はなし。
外では飲食系やミニゲームができる出店が校門から玄関までずらりと並ぶ。
生徒会の人たちは野外ステージの準備に追われ、体育館では劇やバンドの練習が行われている。
廊下を行き来する人たちが奇妙なコスプレをしながら「ぜひ来てねー」と宣伝していることもしばしば。
私たちのクラスも室内の装飾やメニューの最終確認、接客係は最後の衣装合わせとバタバタしている。
そんな中、美術部の展示作品を持って人を避けながら歩く私。
と、至るところから延々と声をかけられながら前を歩くフレッシュ先輩。
その存在感は彼の進む道を勝手に開けてくれていた。
うしろをついていく私も自然とその恩恵を受け、キャンバスを持っているにも関わらず誰にもぶつかることなく廊下を練り歩いていた。
これだけ人が溢れているのにこの歩きやすさ。さすがだ。
しかし…有名人すぎてこっちまで注目されてしまうのが頂けない。
彼に話しかける人だけでなく、遠巻きに見ているだけの人までも、うしろをひっそりと歩いている私をついでに覗いていく。
最初こそ愛想笑いしていたものの、途中から疲れてしまい手にしていたキャンバスで上半身を隠すように歩いていた。
「…ねぇ、それやめない?」
前を歩く彼がちらりとこちらを見て顔をしかめる。
「誰のせいでやってると思ってるんですか」
「いや、やってもいいんだけどさー…俺の持ってるやつと交換しない?」
私の持つキャンバスよりも一回り大きいサイズのそれ。
そのサイズで隠すのは腕が疲れそうだ。
それに、
「それ先輩の作品じゃないですよね」
出し物が劇の人はなかなか抜けられないということで、他の部員の作品も運んでいた。
「そうなんだけどさ」
「先輩の作品落としたくないんで」
そう言いながらも、自分が持っている作品も他の部員のものなんだけれど。
「自分が持ってるやつ、何描かれてるか見た?」
「見てないですけど」
「見てみ」と促されるまま、外に向けて持っていたキャンバスをくるりと反転させてみる。
「げ!」
そこにはきりりと凛々しい眼差しをしたスフィンクスの横顔が描かれていた。
何故か現代風にアレンジされており、全体的に煌びやかになっている。
誰だこれ描いたの!
「それで隠してるから、俺さっきからスフィンクスの散歩させてるみたいに見られてんだよね」
「…ふっ」
「めちゃくちゃハズい!」
これを文化祭の作品として展示しようなんて、面白い人がいるもんだ。
終わったら誰の作品だったか聞いてみたい。
「おまえいつの間にスフィンクスと付き合ったの?とか言われるんだよ」
「私に言われても」
「その持ち方してるからじゃん!?」
再び反転させて顔が隠れるように持てば、
うまい具合に下半身とマッチしているようで、傍から見ればスフィンクスを連れて歩くイケメンという構図になっていたらしい。
面白いのでそのまま持って歩くことにする。
「え、そのままなの?やめないの?恥ずかしくないの?」
「私は顔隠れてるんで」
「ずるくない!?」
「はいはい、とっとと歩いてください」と急かせば、ちらちらとこちらを気にしながら歩き出した彼。心なしかスピードが速い。
早々に「よーっす!イケイケなスフィンクス連れてんなー!」なんて声をかけられているのを、絵のうしろで肩を震わせながら見ていた。
「やっと着いた…」
目的地の教室に入り作品を置いた彼は、隣にスフィンクスが並んだのを見てからぐるんと振り返った。
「いじめ!?いじめなの!?」
「何ですか急に」
「本当に恥ずかしかった…」
手で顔を隠す先輩の肩にぽんと手を置く。
そして穏やかな声で、宥めるように言った。
「スフィンクス連れてても先輩はイケメンですよ」
「そっか良かった…てなるかぁ!!」
「これ描いたやつあとでしばく!」なんてキャンバスの中のスフィンクスに向かって暴言を吐きつつ、
美術部用スペースに丁寧に飾っていた。
誰が描いたか知らないけど、八つ当たりもいいとこだ。
私の代わりに怒られていただくなんて…どんまいです。
南無南無…きりりとした横顔に手を合わせた。
「よし、こんなもんかなー!」
すべての絵を飾り終えパンパンッと満足気に手を払う先輩。
予想通り、今年の3年生は作品を出さず、少しだけ広々と使えた。
飾られた数枚の作品にぐるりと目を通す。
先ほどのスフィンクスは異様な存在感を放っていた。
「これいつの時の?」
私の作品をまじまじと見つめながら問うてくる彼。
「暗くなるまで気づかずに描いてた日です。部活始まってすぐくらい」
「あの日!?うわぁー…」
じぃ、と真剣に眺めながら「すげぇー…」と呟いた。
「こんなキラキラしてたんだなー」
ゆるり、彼の目尻が垂れる。
「あの日の俺、そんなに輝いて見えた?」
軽く首を傾げながら、顔を覗き込まれた。
その顔はなんだか恥ずかしそうで、でもとても嬉しそうにはにかむ。
「そうですね」
すぐに視線を絵へと移して言えば「まじで!?」と彼の声が弾んだ。
その音を聞きながら、
「この絵の主役は先輩じゃないですけどね」
と躊躇いなくはっきり言えば「なぁんだよー」なんて分かりやすく落ち込む。
「逆になんで自分だと思ったんですか」
「だってここにいるの俺でしょ?」
そうグラウンドの中心に描かれた小さい人影を差す。
いや、うん、それはそうなんだけど。
その小ささで主役にはならんでしょう。
グラウンドにはサッカー部の集団とマネージャーの姿、
吹奏楽部の音楽と太陽の煌めき、そのすべてが合わさってキラキラの青春を切り取った1ページ、なわけで。
いくら集団の中心に描いたのが彼だとしても、それはサッカー部の一部でしかない。
むしろ、この時の主役は。
「これの主役は、彼女の恋心と青春です」
先輩に恋をしていた彼女の心中と、太陽のもとで笑う声と吹奏楽の音、
そのすべてが輝いて見えて描いた1枚だ。
今となっては過去の良い思い出となってしまったけれど。
「なぁんだ…それで全体的に淡い色合いなのかぁ」
「私にしては珍しくラメなんか使っちゃいました」
「トキメキを表現するのに立体感がほしくて」と付け足せば、彼は「そういうね」と頷く。
「ザ青春にしては甘いなって思ったんだよねー」
「元気ハツラツっていう感じじゃないですからね」
「そっか、恋かー恋ねー」
懐かしむように言って、ふっと優しく笑った。
「これ、俺の気持ちも入っちゃってるわ」
「…?」
「この時からもう好きだったんだろうなぁ」
なにが、と声にする前に、彼はすっと1枚の絵を指差した。
「ここに描いてる子のこと!」
「俺が描いたやつ!うまいでしょ?」そう言って、にかっと笑ってみせる彼。
指の先には、黄色いひまわりに囲まれて空を見上げる女の子。
「誰ですか」なんてとぼけられないくらいに、そこに佇むのはあの日の自分だった。
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