少女の選択

放課後やホームルームを文化祭準備に充てるようになり、部活がない日はクラス作業を優先するようになった。

絵を描く時間が減るかと思えば、看板を作って欲しいと頼まれてなんだかんだ絵を描いている。


今日も今日とて画用紙に色を塗っていれば「接客係さん集合ー!」と声がかかった。

どさっと大きな段ボールを教壇に置いた実行委員のもとへ、わらわらと集まっていく。


「ドレスが届きました!」


開封した段ボールを覗き込むようにみんなが顔を寄せる。

ごそごそと中身を取り出しては「なぁにこれー!」なんて笑い声が上がる。

気になるやつ着てみて!と実行委員が言う前に、各々手にしたものを自身の身体に当てていた。


そんな集団を、またしても1人離れたところから眺める。


どうせ何着ても似合わないし、残り物でいいや…


なんてまるで興味がなく画用紙へと視線を落とした時だった。


「ちょっと来て!」

「うわ、」


唐突にぐいっと腕を引っ張られて、手にしていた筆が落ちた。床に絵の具がべたりと付く。


「待って、絵の具が、」

「あ、拭いておくからいいよ~」


ズルズルと引きずられていく私に、近くで作業していた子が笑顔で手を振ってくれる。


な、なんなんだ…


腕を引くのは興奮気味の彼女。

されるがままに教壇の集団に押し込まれたかと思えば。


「これ着てみてほしい!!」


彼女は手にした1着のドレスを、ボフッと私の顔に突き付けた。


「へぇ?」


思わず間抜けな声が出る。


「絶対似合うから!」

「え、ちょっと待っ」

「はいはい、こっちー!」

「いや、待っ」


ちょっと待てー!!


あれよあれよという間に私は数人のクラスメイトによって別室に連れていかれ、抵抗も虚しく着替えさせられてしまった。


「い、良い~~!!」

「超似合うんだけど!?」

「可愛い~~!ていうか、綺麗~~!!」


なんて女の子たちの黄色い声を浴びて顔をしかめる。


いや、もう、勢いが凄い…


少々げんなりしていれば、カシャシャシャーとシャッターが連続で切られる音に顔を上げる。

見れば彼女が携帯片手にちょこまかと私の周囲を動き回っていた。


「いいよー綺麗だよー」なんて瞳をうるうるさせながら何度も写真に収めている。

娘を嫁にやる母親かと突っ込みたい。

「笑ってーこっち向いてーウィンクしてー」なんて、だんだんと要望がヲタクちっくになってきたのはスルーだ。


真っ黒のロングドレス。

二の腕に少しかかるほどの袖、首元は少しハイネック仕様になっている。

上半身はレース、腰から下は柔らかなチュール素材となっており緩やかにAラインを描く。


あらぁ、綺麗なドレス。

…これいくらしたんだろう…相当売り上げないと元取れなさそうな…


「格安サイトで購入しました!」


じっと自身の姿を見下ろしていた私が不安そうな顔でもしていたのだろう、感じ取ったかのように捕捉する実行委員。


「よく見るとほつれとかあるし、生地も薄いし、チャックも安っぽいし、そんな高価なものじゃないから安心して!」


気楽に着てよ、とグッと親指を立ててみせる。

すーごい貶すじゃん。


「いやー私の見立ては間違ってなかった!」


うんうん、と腕を組む彼女はドヤ顔で何度も頷く。


「これ、決定ねー!」

「…え!?いや、ストップストップ!」


パチパチと拍手が起こるのを慌てて制した私に「なにー?」なんて可愛い顔が不思議そうにする。


「私じゃ似合わないって!他の人が着たほうがいいよ!」


そう言えば、みんなやれやれと呆れたように顔を横に振った。


「このブラックドレス着こなせる人なんて他にいないから!」


「ピッタリすぎてビビるよねー」と彼女が周囲に同意を求めれば、こぞってうんうんと力強く頷く。

シンクロ率100%か!


「はい、賛成しかいないので決定です!」

「本人の意思は!?」

「ないです!決定権は私にあります!!」


ドンと自身の胸を叩く彼女。

実行委員も「わ~」なんて小さく拍手している。


いや、なんでやねん!


「髪ストレートのまま下ろしててもいよね」

「高めのポニーとかどう?」

「あ、それいい!女王様っぽい!」

「赤リップしたら超映えそう!」


「おーい」と声をかけてみるも「うるさい」と一蹴。

こちらの存在を無視してさくさくと話しが進んでいく。


あぁ…少しも突っ込ませてくれない。


はぁと溜め息をつき項垂れると、目に飛び込んでくるドレス。

安物といえどそれなりにちゃんとしているし、普通に綺麗だし、美人な子が着れば全然高見えするのに。

もったいないなぁ。

もはや私に着られるドレスに同情するよ。


「とりあえずもう脱いでいい?」


どうせ聞こえていないだろうと思いつつ問うてみれば「まだダメ!」とピシャリ。

えぇ~…


「ブレスレット、ちょっと豪華なやつ着けたくない?」

「たしかに、腕が寂しいもんね」

「それなら家にあるアクセいくつか持ってくるよ!」

「ゴールドだよね?シルバーもありだけど」

「絶対ゴールド!」


別に着てなくたっていいじゃないかと不貞腐れながらも、仕方なくそのまま近くにあった椅子に座り脚を組む。

机に頬杖をついてぼんやりと盛り上がる彼女たちを見ていれば、ふとそんな私に気づいた1人が

「…っ!!」と声にならない声をあげて口元を手で押さえた。


それに釣られてみんながこちらを見やり「うっ」だの「くっ」だの苦しそうな声を上げる。

無言で眉を寄せてその光景を見ていれば、再び彼女が携帯を取り出してカシャシャシャと連写。


なぁんだよ、もう。


「ほんとうに、美しいです…!」

「かっこいいっ」

「惚れるんだけど!」

「接客にしたの大当たりすぎて…!」


好き勝手言われている中、彼女が近づいてきてぽんと肩に手を置いた。


「ドレスを着たことで良さが際立ちすぎてるよ。そうして黙ってるとほんとに絵になる」

「よく分かんないけどありが……黙ってると?」


今なんかしれっと…


「あれぇ?そんなこと言ったぁ?」

「ちょっと!?」


聞き間違いだよー!なんてころころ笑う彼女は逃げるように離れていく。

立ち上がる私へ「女王様!落ち着いてください!」なんて周囲に寄ってきたクラスメイトが跪く。


こうなったらもう開き直ってやる!


「この無礼者がー!」


やけくそになれば「ついに目覚めた!」「やめてお腹痛い!」なんて涙を滲ませながらみんな大笑い。


「あの無礼者には絶対に金髪の縦ロールウィッグを着けさせよ!」

「えー!?それほんとにやるのー!?」

「女王に逆らえると思うなよー!」


ビシィッと指を差しながら高らかに言ってやれば、

「女王様の仰せの通りに!」なんて周りが頭を下げる。


そんな茶番が繰り広げられる中、接客係の衣装選びは笑い声に包まれながら進んだ。

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