少女の選択
「では私たちのクラスは貴族カフェをやるということでー!」
ホームルーム中、文化祭のクラス出し物が決まった。
カフェ系をやりたいがメイドや執事は王道すぎるのでは?という意見から、じゃあ貴族にしようとなった。
男女関係なく、接客係は全員ドレスという、いわばコスプレ喫茶みたいなものだ。
それもそれで王道なのでは?という気持ちは、きっとクラス全員が押し殺したであろう。
「どれやるー?」
目の前の彼女が振り向きながら問うてくる。
黒板には接客、調理、装飾とざっくり3つの係が書かれており、各々第一希望のところに正の字に線を書いていく。
「装飾」
迷わず答えれば、彼女は残念そうに口を尖らせた。
「えー一緒に接客やろうよー」
「やだよ」
あなたは絶対接客してあげて。人が集まるから。集客集客。
「ていうか、接客やりたいの珍しいね」
大抵の場合、やりたがらない人のほうが多い気がするけど。
で、クラスのイケメンとか美女に頼み込んでやってもらうっていうのがお決まりだよね。
「楽しそうじゃない?ドレス着るの」
「ドレス着たいだけ?」
「だって普段着れないじゃんー!」
そっちかい。
「やりなよ、似合うよドレス」
「だから、一緒にやろーって」
「私はいいよ、似合わないし」
接客っていうキャラでもない。
むぅ、と納得いかないと言いたげなまま「わかったよー」と席を立った彼女。
「装飾ね」
「うん、よろしく」
一緒に書いてきてあげると言った彼女に、ひらひらと手を振る。
これが、間違いだった。
ふわふわと茶髪を揺らしながら黒板へと向かう彼女の背中を見守る。
周りにいる子とどれにしたー?なんて楽しそうに会話しながらチョークを手にした彼女。
スッと腕を伸ばして、接客のところに線を1本。
そして、そのまま同じところにもう1本、書き足した。
「…え?」
思わず声が漏れた。
ちょっと待て。今接客に2本書かなかった?
見間違い?気のせいかな?このあと装飾に書くよね?
そんな願いも虚しく、彼女は装飾と書かれたところには近づくことなくこちらへと帰還してきた。
「書いてきたー!」
にっこにこと怖いくらいの笑顔。とっても可愛い。
いや、そうじゃなくて。
「気のせいだったら申し訳ないんだけどさ、今接客に2本書いた?」
「書いたー!」
書いたー!じゃ、なあい!!
「なんで!?私装飾って、」
「大丈夫だよー!」
「大丈夫とかそういう問題じゃなくて!」
「絶対似合うよー!」
そうじゃなくってぇぇ!!
「私、書き直してくる」
「はーい!みんな書けたみたいなので、一旦これでー」
なにぃぃ!!
ガタリと椅子からお尻が浮いたと同時に文化祭の実行委員が言い放った。
「思ったよりみんな接客やりたいみたいでビックリなんですけどー」なんて黒板を見ながら感心している。
ストッと音もなく脱力した私などお構いなしに、
「係は決めたとはいえ、お互い助け合いながらやっていきましょー!」
と実行委員が締めの言葉を投げかければ、室内に「はーい」と元気な返事が響いた。
「一緒にやるの楽しみだね!」なんて笑いかけてくる彼女は堕天使へと化す。
煌びやかなドレスを着て接客する自分を想像すれば、あまりの似合わなさに鳥肌がたった。
くっそぉぉ!彼女に任せた自分を恨む!
「接客やるのー?超可愛いドレス着て欲しい!」
「せっかくだからキラッキラの着たいかもー!」
「ブロンズの縦ロールのウィッグとかないかな?」
「それ面白いー!探そ!」
周囲に集まるクラスメイトと楽しそうにお喋りしている彼女の後ろで、
1人唸りながらわしゃわしゃと頭を掻きむしった。
「ドレス着て接客するんだって?」
放課後、美術室に入った途端、きらきらと目を輝かせながら先輩が近寄ってきた。
「情報はっや…」
あの子速攻で言ったな。
「俺絶対行く!」
「来なくていいです」
楽しそうな彼をピシャリと制したものの、そんなこと聞こえていないようで、
「接客してもらおーっと」なんてふんふんと鼻歌混じりに画材を用意している。
「先輩、休憩時間教えてください。合わせます」
「え、もしかして一緒に回ろう…」
「そうすれば接客しなくて済むんで」
「絶っっ対に教えない!」
イーッと子どもみたく威嚇してドカッと椅子に座った彼はそっぽを向いてしまった。
もう…絶対面白がってるし。
なんで醜態を晒さなきゃいけないんだ。
「先輩のクラスは何するんですか?」
「…」
そっぽを向いたままの彼に問いかければ、なぜか顔を逸らしたまま答えない。
「おーい」
顔を覗き込むように再び声をかければ、
「…執事喫茶」
ぼそっと、それはそれは小さな声が聞こえた。
執事喫茶?
そっか、飲食系は学年ごとに外2クラス、中1クラスずつ出せるって言ってたっけ。
てことは先輩も校内の1クラスを勝ち取ったんだ。
飲食系は人気だからな~
私のクラスも勝ち取ったらしいって誰かが言ってた気がするな~うんうん…
って、
「執事喫茶ぁ!?」
「…」
「もしかして、先輩接客ですか?」
「…」
やるんだぁ。
無言の肯定を察する。
先輩が執事…へぇ~…
にやぁと口角が上がるのが自分でも分かった。
「先輩、行きますね」
仕返しと言わんばかりにオホホと笑ってやれば、
「休憩時間合わせよっか!」
なんてぎこちない笑顔がこちらを見た。
もちろん、拒否で!
うああと頭を抱える彼を横目に、途端、文化祭が楽しみになっている自分へ、
微笑む彼女が手を差し伸ばしている姿が見えた。
ようこそ、こちら側へ。
こうして、校内は文化祭へ向けて賑やかさを増していく。
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