少女の選択

「あ、いるじゃん!」


2人だけだった教室に聞きなれた声が飛び込んできた。

開けっ放しになっていた教室のドアから声の主がひょいと入ってくる。


「あら先輩、お疲れ様でーす」


軽やかに挨拶する彼女に「お疲れー」と応えた彼は、ポカンと呆けている私の顔を覗き込んだ。


「おーい?」


顔の前で手をひらひらと動かしてみせるも反応はなく、不思議そうな顔が彼女を見る。


「どうしたの?フリーズしてる感じ?」

「再起動中ですねー」


言いながら彼女は片手で頬杖をつき、空いている手で私の前髪をちょいちょいと整えてくれている。


「まーた難しいこと言ったんでしょ?」

「先輩からの愛を受け止めてあげてって言いましたー」

「へ~……なんだって?」


突然の暴露に、一瞬納得した彼は自分の耳を疑ったらしい。

あまりにも流れるようにとんでもないことを言われてしまったと気づきピシッと固まる。

そんな彼をちらりとも見ることなく。


「だってこの子、あまりにも他人事みたいにしてるんですもん。はっきり言わないと進まないなーと思ったんです」


しょうがないでしょ、と彼女は口を尖らせる。


「何言ってくれちゃってるの!?」

「いいじゃないですか、間違ってないですしー」

「その、もしかして、俺が断ったから嫌がらせでもしようとして、」

「そんなことしません!協力してるじゃないですか!」

「それはありがとうだけど…」


「なんか…そんな感じの子だったっけ…?」と強気な彼女に困惑気味の彼。

今まで見てきたふわふわ可愛い女の子はこんなツンとした話し方だったかな?と首を捻る。


「…で、それ言われてどんな反応してた…?」


私を指差して不安そうに尋ねた彼に、彼女は小さく溜め息をはいた。


「それ言ったらこうなりました」

「あー…」

「でも、好意に気づいて固まったっていうより、何言ってるかワカンナイって感じでしたけどねー」

「そんなことだろうと思った」


言って彼はその場にしゃがみ込み、そのまま机の上に組んだ腕を乗せる。

そこに自身の顔を置いて、下から覗き込むように私の顔を眺めた。


「…ハッ!」


そんな会話が繰り広げられている中意識を戻した私は、

目の前に可愛い顔、斜め下にイケメンの顔というなんとも眩しい光景に一瞬目を細めた。


「あれ…なんでフレッシュ先輩がここに…」

「下から見ても可愛い」


疑問に思ったことを口に出してみただけなのに、返ってきた言葉はそんなので。

眉も目も口も、全力で歪む。


よくそんな痒くなるようなこと平気で言えるな。


「この前も可愛いとか言ってましたよね」

「いつ?」

「先輩に絵の具つけられた時」

「まじ?」


自分で言ったくせに驚いている。


「無意識だ…」

「え、こわ」


顔をしかめれば「褒めてるのに!?」なんて。

目の前に誰が見ても可愛い子がいるのに、私にそれを言うあたりどうかしている。眼科行ったほうがいい。


「で、何してるんですか?」

「あーいや、いつも美術室にいるのに今日来なかったからさ、どうしたのかなと思って」

「あぁ、話してたので」


もともと自主制作の日だし、わざわざ今日は行きませんなんて連絡しないしね。


「うん、休んでるとかじゃなくて安心した!」


ニッと笑った彼は、下から腕を伸ばして私の頭を撫でた。


心配させてしまったのだろうか?

毎日来てる人が来なかったらどうしたんだろうって思うか。


「すみません、全然元気です」

「良かった!」


なんて先輩と会話しながらふと目の前の彼女を見れば、によによとだらしなく顔を緩ませていた。

目があった途端、ニコォ~と口角が上がる。

可愛い顔が台無しだ。


「どうしたの?気持ち悪い顔してるよ」

「わー!ナチュラルに悪口言われた!」


ころころといつものように笑う彼女。

今までなら、そんな顔、先輩の前では絶対にしなかっただろうに。

あぁ、なんか、本当に吹っ切れてるんだなぁ。


「さ、話したいことも話したし、帰ろうー」


ガタっと席を立つ彼女に続いて先輩も「よいしょ」と立ち上がる。

2人に続いて席を立ち、開いたままの窓を閉めて教室を出た。


前を歩く2人は時折ちらりとこちらを振り向いてはひそひそと何か話している。

背の低い彼女の声を聞き取るため、少し屈んで顔を寄せている彼。

少し離れたところから、そんな2人のうしろ姿をぼんやりと見つめながらのろのろと歩を進める。


こんなにも、お似合いなのになぁ。


『先輩からのダダ漏れの好きを受け止めてあげて!』


ぽっと湧いて出た彼女に言われた言葉。


もし本当に、彼が私を好きだと思ってくれているとして。

私はその気持ちに応えてあげられるんだろうか。

こんなにも恋愛から遠いところにいた自分が、何かしてあげられることなてあるのかな。


描きたい、よりも、見ていたい、そう思ったことは初めてだった。

綺麗な顔を、優しく細められる瞳を、楽しそうに笑う姿を。


きっと彼女なら、もっともっとそんな先輩を引き出せるんじゃないのかなぁ。


なんで、私なんだろう。


正直なところ、そんなこと言われたって信じちゃいないけれど。


「おーい!見てないで歩けー!」


気づけばだいぶと離れてしまっていたらしい。

振り返って大きく手を振る彼女が叫んでいる。


私はただ、傍で見ていられればそれで良いんだけどなぁ。


「ごめん!」


そう返して、2人のもとまで走った。

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