少女の選択
ある日の放課後。
「あー待って待って!」
美術室に行こうと席を立てば、ぐるりと勢いよく振り返った彼女が私の腕を掴んだ。
突然のことに驚いて「お、おう…」とぎこちなく頷けば、彼女は座ってとでも言うように机をトントンと叩く。
「今日コーチが出張で部活休みになったんだー」
「あ、そうなんだ」
肩にかけていた鞄を下ろしながら椅子にしっかりと座りなおす。
そんな私を見ながら「今日って自主制作の日だよね?」と確認してくる彼女に、うんと頷いた。
「私が告白した時のこと、ちゃんと話せてなかったじゃない?」
「あーそうだね。お互い部活忙しいしね」
「私が寝落ちしたのがいけなかったんだけど…」
「いや、お互い様だよ」
お互い変に気なんか遣わずに連絡すれば良かっただけの話だ。
言えば何故か彼女はぐしゅと泣きそうな顔をした。
「優しすぎて涙出ちゃう…出てないけど…」
「出てないんかい!」
ころころと笑う彼女の声が、まだ騒がしい教室内に溶ける。
落ち着いて話したいから、とみんなが帰るまで合宿中や夏休み中の話をしていた。
「2人ともまだ帰らないのー?」
「うん、もう少しいるー!」
「そっか!また明日ねー!」
最後の1人を見送る頃には廊下を歩く生徒も減り、外から運動部の声が聞こえるだけになっていた。
開けられた窓からまだ夏の暑さが残る生ぬるい風が入り込み、
彼女のふわふわの茶髪に絡みつく。
「じゃあ、少し遅くなっちゃったけど」
「うん」
こくん、と視線を逸らさずに頷きあう。
「先輩に告白してフラれちゃったって言ったでしょ?」
まっすぐにこちらを見て話してくれる彼女に、私も答えるように相槌を打つ。
「その時に好きな子がいるって言われたんだけどね」
「うん」
「実は私、気づいてたんだよね」
教室には私たちしかいないけれど、何故か彼女は少し声のトーンを落とす。
「気づいてた、というと」
そんな彼女に乗っかるように、私も声を潜める。
探偵ごっこをしている2人が報告会を開催しているようだ。
「先輩には他に好きな人がいて、それが誰なのか」
「え、誰かまで分かってたの?」
うん、と彼女は頷く。
「だから、あの子が好きなんですよねって聞いたの」
「先輩に!?」
驚いて声を張れば、うん、と再び彼女は頷いて頬杖をつく。
そして遠い目をしながら、ふぅと音にしながら息をはいた。
「もうさー、先輩分かりやすいからバレバレなんだよねー」
「え、私全然分かんないんだけど」
うん、と再び彼女は頷いた。
いや、うん、じゃなくて。
なんで「貴方は分かんないでしょうね」とでも言いたげなんだ。
「でね、まぁなんていうか、そっかーってなっちゃったんだよね」
窓の外を眺めながら、ふふっとおかしそうに笑う。
いや、そっかー、じゃなくない!?
なんでそんな、なんでもないことのように。
「最初から分かってたのかもね、こうなることがさー」
「あんなに好きだったのに…?」
「うん、好きだったんだけど、その子が好きって先輩から聞いたら納得しちゃったっていうか、受け入れちゃったっていうか」
よく分からない。
好きだった人に、他に好きな人がいるって分かって、それが自分じゃない誰かで、そんなすんなり納得できるものなの?
「たぶん、全然知らない人だったら納得できなかったと思う」
「知ってる子だったってことだよね?」
「うん、すごく良い子なんだよー」
良い子って、だとしてもそれだけで。
「私も、あーその子なら私も応援しちゃう!って思ったの」
「告白した直後に?」
「不思議だよねー」
ころころと笑う。
「私その子のことも大好きなんだー」
「…うん」
「で、そういうことなら協力します!って言っちゃった!」
てへ、っと彼女はお茶目に笑ってみせた。
「うん…え…え!?なんで!?」
「だって、好きな人が好きな人とくっつくんだよ!素敵じゃない!?」
「素敵じゃないって…あなた…」
どれだけ寛大なの!?
「今思うと、先輩のことは好きだけど、恋愛というよりもアイドルを推す感覚だったのかもー!」
「お、え、なに?アイドル?」
「うん、いちファンとして、好きだなーって思ってたやつを勝手に恋と勘違いしてたっていうかねー!」
「そ、でも、付き合いたいって」
「うーん、私が横に並んでるの想像したら、ちょっと違うなーって!」
ピッタリですけど!?
にこにこと話し続ける彼女。
無理をしているようには到底見えず、本心で言っているんだということは分かるけれど。
どうにも、こちらが納得できない。
「私、リアコは他にいるから!」
「なに?リアコ?」
「すきぴは当分いらないかなー!」
「え?す、すきぴ?」
辞書!誰か辞書持ってきて!
彼女の言ってる言葉が理解できない!
聞きなれない単語を連投されて頭がぐるぐるし始める。
「とにかくだよ!」
「ちょっとストップ」
勝手にまとめようとする彼女を、手で制した。
一旦、落ち着いて、日本語で話をしよう。
「先輩のことは好きだったんだけど、それは、人として好きだったと?」
「ま、そんな感じー」
「で、それなら先輩の恋を応援しよう!ってなって、」
「うんうん」
「今は、先輩に協力していると」
「その通りー」
わはぁ、とぱちぱちと手を叩きながら彼女は可愛らしく笑う。
スゥー…ハァー…と大きくゆっくり深呼吸。
本当、恋愛ってワケわかんない。
酷く渋い顔をしていたのだろう、私の頭をよしよーしと撫でた彼女は、
「難しいよねーごめんねー」なんて困ったように笑った。
嘘などついていない、無理やり笑っているわけでもない、そう分かっているけれど。
「もう、悲しくない?辛くない?本当に大丈夫?」
そう問えば、彼女は驚いてぱちりと瞬きをした。
そして、くしゃりと嬉しそうに笑った。
「超元気!心配してくれてありがとうね、そういうところ大好き!」
そんな彼女を見て、ほっと胸をなでる。
彼女が元気なら、もうそれでいいや。
そして、彼女が先輩を応援すると決めたのなら、私もそれを受け入れよう。
「そうとなれば、私も先輩の恋を応援しようかな!」
ぐっと両手で握り拳を作れば、今の今まで可愛らしく笑っていたその顔が苦虫を嚙み潰したようなそれに変わった。
「え、なに」
「べっつにー」
明らかに不機嫌そうにむすっと唇を尖らせている。
「もしさ、先輩があなたが好きですーって告白してきたらどうするー?」
「私に?」
「うんうん」
「ないでしょ」
「どうして?」
即座に否定する私へ、彼女は真剣な表情を向けた。
どうしてって…
「人に好かれるようなところがないから?」
「なんでそう思うの?良いところたーくさんあるよ!」
「そ、」
そんな急に…
「いーい?自分ではただ絵を描くことしか頭にない凡人とでも思ってるんだろうけど、
思ってる何十倍もあなたには良いところがあるんだよ。人に好かれて当たり前なんだよ」
真面目な顔でーにわかに貶しながらー諭すように続ける。
「ありえない、なんてことがありえないんだよ」
「わかる?」と聞かれて、ぎこちなく頷く。
そして、彼女は力強く言い放った。
「だからね、先輩からのダダ漏れの好きを受け止めてあげて!!」
何がどうなってその結論に至るんだ。
……うん、一旦、考えるのやめようか。
プシューッと頭から湯気が出た。
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