少女の選択

「えっと、ちょっと整理したいんだけど」


頭をフル回転させているんだろうな、と眉間の皺が教えてくれる。


「先輩を取られたことに怒ってたんじゃないの?」


そう問いかける先は、先ほどまで怒り狂っていたとは到底思えないような柔らかい表情で話しを聞いている彼女。


「え?なにそれー!違うよ!」


ころころと笑っていらっしゃるけれど、なにそれー!じゃないんだよなぁ。


「デートしてたことに怒ってた?」

「全然!」

「え、返事くれなかったことに怒ってる感じでもないし…」

「うんうん」

「何に怒ってたの?」


それな、とクラスメイト全員心の中で思ったであろう質問を投げかけた。

当の彼女は、自分が怒っていたことを今思い出しましたというように、ポンと自身の手の平をもう片方の手で作った掌で軽快に叩く。


「そうだよ!デートしたんだよね?」


質問には答えずに、こちらに向き直り問うてくる。


「いや、だからあれは買い物と課外学習だってば」


今度こそ音にして言ってやれば、少しスッキリした。


「買い物と課外学習~!?」

「え、うん」

「デートだとは思わなかったの!?1㎜も!?」

「やめてよ!なんで先輩と私がデートなんてするの?」


「可笑しいでしょ」と鼻で笑う私に、彼女は大きく大きく溜め息をついて項垂れた。


「ほんとう、鈍すぎて先輩に同情するー」

「?」


どういうことだろう?


「これはもう先輩と作戦会議だなー」

「なんの作戦会議?」

「この上ない鈍ちんにどうアプローチするかー」


先輩も度々鈍ちんの話をするけれど、いったいどこの誰のことだろう?


「ふーん」とまるで興味のない返事をすれば、長い闘いだーなんて。


「え、ごめん、ちょっと、ごめん」


またしても放置されていたその子が、ぐいと彼女の腕を引っ張り教室の隅へと身を寄せる。

なにやらごにょごにょと会話しているようだ。


そこに内容を聞きたいクラスメイトがじりじりと近づいていく。

そんなクラスメイトをちょいちょいと手招きするその子。

気づけば教室の片隅には大きな集団が出来ており、私は1人ぽつんと取り残されていた。


異様な光景だぁ。


机に頬杖をつきながら集団を眺める。

そして教室の外の廊下では、夏休み明け早々に修羅場っている珍しい光景を一目見ようと集まっていた野次馬たちが、

集団と1人離れたところからそれを眺める女の子という異様な光景を眺めていた。


なんでもいいけど、もうすぐ先生来るんじゃない?


時折「えーっ!」だの「まじで!?」だの驚きの声が上がるのを聞きながら、あくびをひとつ。

相当な時間が経っているように感じるけれど、時計を見ればものの数十分の話だ。


話し相手が全員いなくなってしまい暇をしていれば「以上!散!」という掛け声が聞こえた。

一斉にばらばらと集団が解けていき、各々自席へ戻ると教室内は数十分前の賑やかさを取り戻す。

それを見ていた野次馬たちも、終わりだ終わりだとそれぞれ戻っていく。


「やっと終わったんだな」と他人事のように見ていれば、私に詰め寄っていた2人が戻ってきた。


「あの、さっきはごめん!」


教室に入るやいなや声をかけてきたその子が、がばっと身体を折るようにして謝罪する。

それを温かい目で見守る彼女は、まるで保護者のようだった。


「全部誤解だったみたいで…勝手に思い込んで怒っちゃって、本当にごめんね」

「うん、もういいよ」


私は誤解が解けたならそれでいい。


「それと、この流れで私が言うのもあれなんだけど…」と続けたその子は、言いにくそうに彼女と目を合わせてアイコンタクトを取っている。

2人の間でなにか通じたものがあったのだろう、同時に力強く頷いたかと思えば、


「もう少し先輩のこと男として見てあげたほうがいいと思う!」


なんて、きらりと目を輝かせて言い放った。


「…いや、べつに先輩のこと女だなんて思ったことないよ?」


綺麗だなって思うことはあるけども。


「ほぉら、これだ」

「やーばいわ、重症だこりゃ」

「拗らせてるね」

「ストレートに言ったほうがいいんじゃない?」


首を傾いでいれば、2人はやれやれと肩を落として話し合っている。

なんなんだ、もう。

まぁ、こちとら、これで独りになる未来は避けられたみたいだからいいんだけど。

部活も続けられそうだし!


「ねぇ、よく聞いて」


突然、彼女にがしりと肩を掴まれた。

じぃ、と目を見つめられる。

なんだなんだ、と逸らさずにいれば、彼女はスゥーとゆっくり息を吸った。


そして、静かに、丁寧に、言葉を置くように、でも力強く、言った。


「あのね、先輩はね、貴方のことが好きなんだよ」


もう何度目になろう。

教室内がしん、と静まり返る。


もうええて。


「……て、はい?」

「だから、好かれてるの!先輩に!恋人になってほしいと思われてるの!」


思考回路が止まる。


「そして私は今、先輩に協力している!」

「へぇ!?」


いったい、何がどうしてそうなった!?

だって、少し前まで自分が好きだった男でしょ!?

そんな簡単に協力する!応援する!なんて、切り替え早すぎない!?


いや、そんなことより!


「ありえない!!」


先輩が私を好き?

天と地がひっくり返ってもないでしょう!!


肩を掴む手を退けて、彼女の肩をがしっと掴む。

そしてゆさゆさと大きく揺すった。


「ねぇ、どうしたの?大丈夫?しっかりして!そんなことあるわけないから!」


フラれて思考回路がおかしくなっちゃってるんだ!


「えー…ダメだこりゃぁー…」


されるがままに揺られる彼女は、トホホ…と先輩を哀れむのだった。

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