少女の選択
クラスメイトが修羅場の結末を見守る中、ガッバンッ!!!なんて物凄い勢いで音を立てて教室のドアが開いた。
教室内にいた全員がその勢いに驚いてそちらを見れば、見たことのないほど口をへの字に曲げた彼女が立っていた。
全員の視線をものともせず、ズカズカとこちらに向かって歩いてくる。
そして勢いそのままに、バンッ!!と私の机を両手で叩きつけた。
「どういうつもり!?」
普段の彼女からは想像できなような大きな声。
あまりの迫力に今まで私に詰め寄っていた子までもがポカンと口を開けている。
「どうなってるの!?先輩と!!」
黙って見上げているところに、さらに声を張る。
ど…え…いや……こわぁ。
たらり、変な汗が背中を伝った。
「わ、私もね、ちょうど今問い詰めてたところで!」
隣りで腕を組んで立っていた子が、はっと我に返り彼女の援護に回る。
「夏休み、先輩とデートしたよね!?2回も!!」
「いや、デートじゃなくて、」
いつもふわふわと揺れていた髪の毛が逆立っているように見えるのは気のせいじゃないだろう。
「さっきからずっとこれ!本当信じられないよね!」と横から口を挟むその子は、2対1になりさらに強気だ。
「はぁ?あれをデートじゃないっていうなら何だっていうの!?」
声を荒げる彼女に、ただの買い物と課外活動だ、なんて言ったらもっと怒るんだろうな、と冷静に考える。
まさか夏休み中のたった2回のそれが、ここまで大ごとに発展するなんて。
さっきから違うと言っているのに聞く耳を持たないし、もはやこちらもお手上げだ。
「もう本当に信じられない!」
「うんうん、腹立つよね!こっちの身にもなれって話だよね!」
「ほんとだよ!こっちがどんなに…!」
悔しそうに顔を歪ませ、今にも泣きだしそうな彼女の背中をさすりながら、横に寄り添うその子はこちらを睨めつける。
あーぁ、平凡だけどキラキラ、青春を謳歌する学生生活もここまでか。
短かったなぁ。楽しい半年だった。
これで私は独りになるんだろう。
ぐるぐる、この半年の出来事が頭を駆け巡る。
彼女と笑いながら帰った日、先輩と彼を追いかける彼女を部室から眺めていた日々、ずっとうまくいくよう願っていた。
こんな、誤解だらけのただの噂で私たちの関係は崩れてしまうなんて。
いっそのこともう部活も辞めてしまおうか。
家でも絵は描けるんだし。
半ば呆れにも似た諦めに、ふぅと1人静かに息を吐いた。
クラスメイトもだんだんと「まずいのでは?」という空気に気づきはじめて、おろおろしている。
俯く視界に、机を叩きつけたままの彼女の手が映る。
それがぐっと拳に変わったときだった。
「なんでこんな鈍いの…!」
悔しそうに彼女は呟いた。
「これじゃ先輩が可哀相…!」
続いた言葉に、私だけじゃない、クラスメイト全員が「ん??」と声を上げた。
先輩”が”可哀相?
あ、私なんかと恋人だと思われて?たしかにそりゃ可哀相だ。
「せっかく超いい雰囲気のデートスポット行ったのにひたすら集中して絵描いて?会話もなく?おかしいでしょ!」
あれ、私あの日のこと話したっけ?
「先輩も押しが弱いんだよ!もっとこうアピールしないと!」
ぶつぶつと独り言ちるそれは、静かな教室ではよく聞こえる。
さっきから、彼女はいったいなんの話をしているんだろう?
「あのさ、先輩が誰かにアピールしちゃったらダメなんじゃないの?好きなんだよね?」
言ってからそっと彼女の様子を窺えば、困ったように眉を八の字に垂らした。
「合宿で告白した話したよね?フラれちゃったって」
「私、何も聞いてないですけど」
正直に答えれば、ぱちくりと数回瞬きした彼女は「…あれぇ?」なんて可愛らしく首を傾げた。
「言わなかった?」
「そもそもいっさい連絡とってない」
「うっそだぁ!」
「サッカー部忙しいの知ってたし、先輩とうまくいってたら邪魔したくなかったから、私から探るのやめておいたんだけど」
はて?と夏休み中の出来事を思い返すように一点を見つめる彼女。
そして、自分の記憶に私との思い出が見当たらなかったのだろう、申し訳なさそうにバチンと手を合わせた。
「ごめんー!!本当にごめん!!合宿終わってすぐに言ったつもりだった!!」
深々と頭を下げる。
「メッセージ打ったところまでは記憶にあるんだけど、送信した覚えがない…たぶん寝落ちした…」
「送ったつもりになってた」と手を擦り合わせながら、何度も頭を下げる。
どこかの儀式かのように、何度も。
どうりで何も連絡ないはずだ。むしろ彼女からすれば、なんで何も返事くれないんだろうと思っていたことだろう。
「毎日美術室で絵描いてたの知ってるし、文化祭用の制作があるって先輩から聞いてたから忙しいんだろうなって、思って…」
「お互い、気を遣った結果すれ違ってたと…」
なぁんだそれ。
「あの、こんな形で報告になって申し訳ないんだけど…告白して、フラれました!」
ピシッと敬礼した彼女。ふわんと茶髪が揺れた。
「そっか。うん、よく頑張った!」
「いろいろ相談のってもらってたのに、ありがとうね!」
「ううん、何もできなくてごめん」
「そんなことないよー!」
ひしっと抱き着いてきた彼女。
「それと…先輩とあんまり仲良さそうにしてたから、時々嫉妬して冷たくしちゃったのも、ごめんー!」
ぎゅうう、と抱き着く腕がきつくなる。
たまに酷く冷たい声音をするときがあったのはそれか、と。
嫉妬なんて、自分にはない感情だ。察することも難しい。
無意識に彼女に嫌な思いをさせていたんだな、と自分の不甲斐なさに申し訳なくなった。
「ううん、経験不足の私が悪い。ごめんね」
「そんなことないよー!」
さっきとは違う、泣きそうな声の彼女。
ぽんぽんと優しく背中をさする。
完全に2人の世界に入っていたところに、
「あの~…邪魔するようでごめんなんだけど~…」
横でその一部始終を見ていたその子がおずおずと声をかけた。
あぁ、しまった忘れていた。
「ん?なぁにー?」
ぱっと離れて何も無かったかのようにいつもの可愛らしい声で答える彼女。
なぁにー?じゃないんだよね。
そんな彼女に、梅干しを食べたような酸っぱい表情をしたその子。
心中お察しします。
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