少女の選択
長いようで短い夏休みが終わり、久しぶりに生徒で賑わう校内。
結局、夏休み中彼女からその後の進展を聞くことはなかったけれど、窓から見下ろすサッカー部はいつもと変わらぬ様子だった。
玄関から教室へ続く廊下まで、久しぶりに顔を合わせる友人たちと楽しそうにお喋りする人で溢れている。
歩き慣れた廊下を進み教室前まで行けば、中でがやがやと騒いでいる声が廊下まで聞こえていた。
みんな元気そうでなにより。
ガラリ、教室のドアを開けて足を踏み入れた。
途端、しん、と静まり返った室内。
え、なに?
驚いて立ち止まれば、ひそひそと顔を寄せ合って小声で話すクラスメイト。
さっきまで五月蝿いほど騒いでいたのに。
ちらちらとこちらを見てくるのを怪訝に思いつつ席へと座った。
どうやら彼女はまだ来ていないらしい。
空っぽの前の席を確認して鞄を足元へと置いた。
「ねぇ、ちょっと」
少し低い声と机に出来た影に顔を上げれば、
夏休み前よく集まっていたメンバーの1人が腕を組んで、座る私を見下ろしていた。
その顔はなんだか怒っているようだ。
「あ、おはよう」
「おはよう、じゃないでしょ。どういうつもり?」
どういうつもり、とは。ただの挨拶なんだけど…
なんか物凄く怒っていらっしゃる…
「よく平気な顔してられるよね」
「えっと…、ごめん、私何かしたかな?」
怒っている理由が検討もつかず聞き返せば、みるみる眉が吊り上がっていく。
「とぼけないでよ!」
急に声を張り上げられ、びくりと肩が揺れた。
クラスメイトも静かに様子を見守っている。
夏休み明け早々、いったい何が起きているんだろうか。
「この子が先輩好きだったこと知ってたよね!?」
そう指差す先は、今はまだ空っぽの彼女の席。
「知ってるよ」
「知ってて付き合ったの!?優越感に浸ってたわけ!?最低なんだけど!」
付き合った?優越感?
え?なに、何のこと?
「ちょ、と、待って。よく分かんないんだけど、」
「はぁ?だから!この子が先輩にフラれたの知りながら、そのあと先輩と付き合ったんでしょ!!」
……はい??
首がもげるんじゃないかってくらい横に折れる。
意味が分からなさすぎて眉が寄る。
「ずっと相談のったり話聞いたり、全部バカだと思ってたんでしょ!」
「いやいや、思ってないよ!」
「じゃあ何で付き合えるの!?夏休み中に先輩とデートしてたの知ってるんだから!!」
……で、でたーっ!ほんとに見られてた!そして安定に変な噂になってるーっ!
予想はしていたけど、本当にそんなことが起こるとは。いやはや、呑気に買い物も行けませんな!
って、そうじゃなくて。
「先輩にフラれたってどういうこと?」
「はぁ?合宿で告ったらダメで泣きながら電話してきたんだよ!知ってるでしょ!」
「そうなの?!」
初耳だよ!だって、彼女からは何も連絡がなかったんだから!
「そんな子だと思わなかった!」
「本当に何も聞いてないんだって!」
「いい加減にしてよ!」
必死に訴えるも、どうやら信じてもらえていないようだ。
「しかもそんな中で先輩と楽しくデートなんかしちゃってさ!」
「デートじゃないよ!」
「シミラールックしてお洒落なカフェ入って、デートじゃないとかよく言えるよね!」
ああああ、最悪だ!あの日だ!予期せぬシミラールックしちゃったやつだ!
白と黒なんてそこら中にいるのに何でみんなそうなる!
「いや、あれは部活で使う画材を買いに行ってただけで」
「それでわざわざ服お揃いにする必要ないよね!?」
「たまたまで…」
カフェなんかより先に服を買いに行くべきだった!
思わず頭を抱える。
ひまわり畑に行ったときは誰かに見られるかもしれないと考えたのに、なぜあの日はそれを考えなかったのか。
あれだけ人がいる中で、しかもあれだけの注目を浴びていたにも関わらず。
あの日の自分を悔やむ。
「うわ…超修羅場ってる」「こわー…」なんて、静かに見学していたクラスメイトからざわざわと声が上がり始める。
「そんなことするように見えないのにね…」なんて声も聞こえてきて、
「そんなことするかぁ!」と突っ込みたくなる。
一旦冷静に、落ち着いて誤解を解こう。
「私、先輩とは付き合ってないよ」
「電車乗って出かけてたことも知ってるんだけど?」
「そっ、」
それも!?
「どこに行ってたか知らないけど、女の子らしい恰好してさ!」
「あれは、」
「どっからどう見てもデートじゃん!」
なにーっ!?やっぱり服なんて関係ないじゃないか!!
シミラールックで「デートだ!」、全然違う恰好したらしたで「女の子だ!デートだ!」って、
もうダメだ、理解できない!!
どうしたら誤解だと分かってもらえるんだろうか。
もはや分かってもらうことを諦めるか?
ズキズキと頭が痛み始める。
これが俗にいう”修羅場”というやつなのか。
ただでさえ夏休み明けで身体も頭もふわふわしているのに、人生初の経験は少々しんどかった。
あぁ、面倒くさい。
『本人が無自覚天然タラシみたいなところあるから、面倒なことにならないように気を付けてね』
ふっと頭をよぎった、入部当初に先輩から聞いた言葉。
あの頃は、こんなことになるとは思っていなかった。
もっとちゃんと聞いておけば良かった。
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