少女の選択

木々が生い茂る間を縫うように、一応道になっているであろう細道を相変わらず1列で歩く。

ロバ先輩オススメのひまわり畑へと向かう道は、舗装されておらず少々歩きづらい。

こちらを気にしながら歩く彼が時折「大丈夫?」と声をかけてくれた。


高い木が影を作り太陽の光を遮ってくれていることが救いだった。


しかし…いくら若いとはいえ、普段室内で絵ばかり描いている人間にこの運動量は酷だ。

先輩、私に合わせてゆっくり歩いてくれているんだろうな。

結構歩いている気がするが、彼の足取りはまだまだ軽そうだ。


「お、もうすぐ抜けるよー!」

「やっと…ですねっ…」


もうすぐ待ちに待ったひまわり畑が見られる!


息も絶え絶え、はぁはぁと荒く呼吸する。


「ねぇ、ほんとに大丈夫?」

「だ、大丈夫、デス!」

「休憩してもいいんだよ?」

「もう、着く、ですよね」


これからはもう少し真面目に体育の授業を受けよう…


下を向き視界いっぱいに地面が広がっていたところに、にゅっと先輩の手が伸びてきた。

顔を上げれば歩みを止めて振り返った彼が「ん」と笑う。


「手、貸して。あとちょっとだよ。」

「あ、りがとう、です」


杖が欲しいとさえ思い始めていた老体にはありがたい。

差し出されたそれをぎゅっと握ると、大きな手が包み込むように私の手を握り返した。

軽く引っ張られるように歩き出す。


「先輩、体力オバケ、ですね」

「そっちが体力なさすぎなんじゃん?」

「ごもっとも…」


そうしてさらに歩くこと数分。

目の前が開け、再び太陽が照り付けてきた。しばらく日陰にいたせいか、眩しさに目を瞬かせる。


ついに、ついに念願のひまわり畑に!!


「うおー!抜けたー!」

「やったー!ひまわりば、た、け…?」


目の前に広がるのは、視界いっぱいどこまでも広がる黄色い絨毯。

ではなく、豪邸の庭にひまわり畑作りました、というような景色が広がっていた。

たしかに広いけれど、想像していた広大なひまわり畑とは少々異なるそれ。


「ひまわり畑ではあるんだよなー」

「ですねー」


ここまであれだけしんどい思いをして歩いてきたのに、抜けた先にあるものこれかぁ…


「綺麗ですけどね」

「だなー」

「感動するかって言われるとうーん…」

「凄いけど、なんかもっとこう、ぶわーっていうのを勝手に想像しちゃってたんだよなー」

「ですねー」


まぁでも、ここはどこかと聞かれれば「ひまわり畑です」と答えるだろう。

勝手にテレビで見るような莫大な規模を想像してしまったのがいけなかったかなぁ。


「超オススメの穴場スポットって言ってたんだけどな」

「穴場ではありますよ」


森を抜けてぽっかり空いた場所にあるこじんまりとしたひまわり畑には、私たち以外誰もいなかった。

さすが、穴場。


「でも、なんだか空も近いですし、人もいなくて過ごしやすそうです!」

「絵描くには十分だしな!」

「ロバ先輩にもお礼言っておいてくださいね!」

「せっかく教えてくれたしなー!」


なぜだろう、必死のフォローに聞こえるのは。


「いや俺べつにフォローしてるんじゃないからね!?」


同じことを思ったのだろう、慌てて言うそれがさらに必死そうだ。


「…ふっ、なんか思ってたのと違うからって私たち、」

「すげぇ必死にフォローしてる人みたいだよな」


2人で顔を見合わせてケラケラと笑う。


「たしかに想像してたのと違いましたけど、ここも素敵ですよ」

「貸し切りなのが最高!」


豪邸の庭はそれなりに広いし、ひまわりも隙間なく咲いている。

遮るものがないおかげで空も広い。

なんといっても、静かで、まるで自分たちのためだけに作れらたようで、特別感がある。

人気スポットだと人が多くて呑気に絵なんて描いていられない。


「あそこ、ちょうど大きい木の下が日陰になってるから、そこで描こうか!」


彼が指差す先には大きく葉を広げた木が1本。どっしりと立っていた。

時折吹く風がザワザワと葉と遊び、影がゆらゆらと揺れる。


よく見ると木の下にはベンチが置いてあった。


え……なんて素敵!!

大きな木の下、ゆっくりと時間が流れる中で自由に思う存分ひまわり畑の風景を描くなんて!!

やりたかった!!


「はわわ…」と目を輝かせていれば、


「その前にさ、せっかくだし写真撮ってあげるよ!」


携帯を取り出し「中入って!」とひまわり畑の中心へと促す彼。

ほらほら、と軽く背中を押されて近づけば、中に入って行けるように細く道ができていた。


人が通れるようになってるってことは、一応そういうスポット的な場所なんだろうな。


胸下あたりまでまっすぐ伸びるひまわりは太陽へと顔を向けて綺麗に咲いている。

1歩中に入ってしまえば、鮮やかな黄色に囲まれてなんだかお姫様にでもなった気分だ。


そして、道がなくなるところまで進んだ時だった。


「う、わぁーっ!!」


思わず大きな声を上げた。


小高い丘になっていたらしいここは、ひまわり畑を進んだ先で町の景色が見下ろせるようになっていた。

そして遠くに果てしなく広がる濃紺の海。

太陽がピカピカと水面に反射する。


空が近いと思ったのは丘になっていたからか!

来る途中でなんか坂になってないか?とは思っていたけれど、どうりで疲れるわけだ!!


それにしても!!


「凄い景色!!きれーっ!!」


これぞ、穴場!!

ロバ先輩、最高です!!

あなた様は神ですか!!ゴッドロバ先輩と呼んでもいいですか!?


溢れ出る感動に浸り、そこから見える景色を堪能する。

まさか、こんな素敵な場所だったなんて。

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