少女の選択

ガタンゴトン、と揺られる。


夏休みももうすぐ終わろうという頃、スケッチブックと色鉛筆を持って電車に乗り込んだ高校生2人。

ロバ先輩が教えてくれたという穴場のひまわり畑へ、遠足だ。


車窓から流れる景色がだんだんと平坦になっていくにつれて、乗車している人も少なくなっていく。

周りにはほとんど人がおらず、車両の端に親子が座っているだけだった。

そんな中無意識に「ふんふん♪」と鼻歌なんて歌ったりして。


「小学生かよ!」

「いいじゃないですか」

「向こうにいる男の子と同じくらいに見える」


指差す先には窓にぺたりと両手をつき、イスに膝立ちで外の景色を見ている男の子。

「ママ!みて!あれなにー?」なんて隣りに座る若いお母さんを揺すっている。

それに「んー?大きなアヒルさんだねー」なんて優しい声音が答える。


「ひゃー!アヒルいっぱぁい!」と喜ぶ声に、私も身体を半分窓へと向ければ湖に浮かぶアヒルボートが数台並んでいるのが見えた。

水面が太陽を反射してピカピカと光っている。


「懐かしいー」

「アヒルボート?小さい頃乗ったわー」

「結局親が漕ぐんですよね」

「俺めちゃめちゃ漕いでたよ!」


小さい頃からフレッシュ坊やだったんだなぁ。

短い脚でうりゃうりゃとペダルを回す先輩を想像してみれば、なんだか無性に撫でくり回したくなってしまった。


「ご乗車ありがとうございます。まもなく終点~…」と車内アナウンスが到着を知らせて、私たちは降車口付近へ移動した。


本日の彼のお召し物は。

デザイン性のある黒いプリントTシャツにちょうど膝が見えるくらいの黒い短パン、黒いスポーツサンダルはアクセントにシルバーのラインが施されており、

それに合わせるようにシルバーのアクセを付けている。


対して私はというと、誰でも1枚は持っているであろう白い無地のTシャツを、黒地に大きめの花柄ロングスカートにゆるくイン。

前回シンプルすぎて予期せぬシミラールックとやらを披露してしまったため、少々女の子らしさを出してみた。


これならお揃いになることはないだろう!と組んだコーデだったが正解だったようで一安心。

あらぬ誤解を招かぬように、あくまでも彼とはお友達なんですよというのをアピールしておきたい。

いつどこで学校の人に見られるか分からない。

たった一度一緒に帰っただけで恋人説が流れるようなところだ、念には念を。


「荷物貸して」とさらっと画材が詰め込まれた鞄を持ってくれる彼は今日も今日とてイケメている。

手すりに背中を預けて、窓の外へと視線を向ける。綺麗なEラインの横顔。


本当にモデルさんみたい。

雑誌を切り取ったようなそれに、隣にいるのが私であるのが申し訳ないとさえ思ってしまう。


「おねーちゃん、かわいいねー!」


突然下から聞こえてきた口説き文句にビックリして見れば、先ほどアヒルボートに目を輝かせていたあの男の子がこちらを見上げていた。

まんまるな目とぷっくりとした頬が幼い。


「すみません、急に」と慌てて追いかけてきた母親が軽く頭を下げる。


変わらずじーっとこちらを見上げている男の子の手を引こうとするけれど、微動だにせず、

「ママ?おねーちゃん、かわいいねー!!」と同意を求めている。


「うん、とってもかわいいね」なんて、合わせてくれるお母様が優しい。


目線を合わせるようにしゃがみ込む。


「ありがとう、嬉しい」

「どういたしましてー!!」


無邪気に笑う男の子の可愛さといったら!


「ほら、お姉さんとお兄さん邪魔したら悪いから、おいで」

「ママ?ふたりは、かぞくー?」

「恋人だよ」

「こいびと…すきすき?」

「うん、そうだね。行こう、もう着くよ」


母親は「お邪魔しました」と申し訳なさそうに言って男の子の手を引くと、離れた降車口へ向かっていった。


「…」

「…」


無言のまま2人で親子の背中を見送る。


結局そう見えてるんかーーい!!

服関係ないじゃん!


なんだよーと小さく溜め息をつきながら立ち上がれば、コホンとわざとらしく咳払いをした先輩。


「俺ら、カップルに見えてるんだねー」

「なんかすみません」


そう見えないように気を付けたつもりが…無意味…


「なんで?俺は嬉しいけどー」


相変わらず横を向いたままだけれど、その目尻が細められたのが分かった。

まぁ…先輩がなにも気にしていないのならいいか。



そうして間もなくして目的地に滑り込んだ電車。

ドアが開いた途端もわんと熱をもった空気が入り込んできた。


改札を抜けて外へと出れば、全身を包む暑さ。思わず顔が歪む。

セミの声がうるさい。

照り付ける太陽がしつこい。


「あっつー!スポドリ買っておこうね、汗やばいしさー」


自販機あるかなーと辺りを見渡している彼のうしろで、必死に彼の影の中に納まろうとちょこちょこ動く。


「ねぇ、なにそれずるい!俺だけずっと暑いじゃん!」

「大丈夫です。先輩はいつだって爽やかフレッシュなんで」

「関係なくない!?」

「そんな騒ぐと暑くなりますよ」

「たしかに」


そこ納得するんだ。おかしな人。


ふふっと笑えば「そっちのほうが全然涼しそうに見えるわー」と口を尖らせた。


近くにあった自販機まで一列になって進んだところで、ひょこりと背後から出る。


「飲み物、何にしますか?」

「塩入ってる系!」


用意していた小銭を入れてピッと軽快な音を鳴らせば、下からガコンと鈍い音がした。

続けて自分のも買って、1本を先輩へ手渡す。


「前、ランチ奢ってくれたお礼です。自販機の飲み物ですみません」

「全然いいよ…ありがとう…」


驚きつつもそれを受け取ると「そういうところ、しっかりしてるよね」と。

瞬時に汗をかき始めるペットボトルをぎゅっと握りしめ、ゆるりと笑う彼。


「よし、目的地はすぐそこだー!出陣ー!」

「おー」

「って、またうしろ!?横来てよー!」

「将軍の横は恐れ多くて並べません」


「俺が戦に行こうとしたせいで…」と項垂れる彼の背中をうしろから押してやれば、

「汗かいてるからヤメテー!」と身体をよじらせていた。

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