少女の選択

カフェからそう遠くない場所に、画材や文房具を取り扱う専門店がある。

結構大きな店舗で品揃えもいい。

美術部の部員さんや近くの美術大学の学生さんなんかが足繫く通うお店で、当然私や先輩も画材はここで調達している。

それもあってか、1本隣りの路地ではたまに絵画展が開催されており、タイミングがあえば私もよく見に行っている。


ずらりと並んでいる様々な画材たちに挟まれて大きく大きく空気を吸い込んだ。


「…うふんっ」

「だらしない顔ー」


吸った息を吐くのと同時、堪らず笑みがこぼれたところをバッチリ目撃されていたらしい。

隣りで先輩がディスってくる。


「そういう先輩こそ、鼻の下伸びてますけど」

「え、やぁだ、ちょっとやめてヨ~!」


なんで急にオネェ口調。


両手でちょこんと口元を隠す仕草がなぜか美しい。


「ここ来るとテンション上がっちゃってさー」

「分かります!天国!」

「来るだけで満足しちゃうんだよなー!」

「空気が美味しいんですよね!」


神聖な場所だよ、ここは!

なんて入店してから1歩も動かずに堪能している私たちを、横を通り過ぎた数名が怪訝な(少々迷惑そうな)顔で一瞥していた。


「自分の買い物あるだろうし、一旦別行動しよっか!」

なんて気の利いた提案をしてくれた彼に甘えて、遠慮なくそうさせてもらうことにした。


画筆を数本、絵の具、スケッチブック…迷うことなくぽんぽんとカゴに商品を入れていく。

これ新しい?

こっちは重ね塗りに強い…いいね。白が滲まないって結構大事。

油絵にも興味あったりするんだよなぁ。

水彩画も…


「結構買ってるー!」


水彩絵の具の前でう~んと悩んでいれば、先輩と合流した。

彼もまたカゴにいくつか画材が入れられている。


「先輩こそ」

「クレヨンのところ行ったら色鉛筆の150色セットとかあって本気で悩んじゃった!」

「買うんですか?」

「さすがにお値段がさー」

「可愛くはないですよね」


「そうなんだよなー」と残念そうな先輩に、


「私持ってますよ」


なんて言えばパァッと輝いた彼の顔がこちらを見た。


「え、まじ?すごいね!!」

「前に誕生日祝いで貰いました」

「すご!!うわーいいな!羨ましい!」

「ちょうど割引セールみたいなことやってて、少し安くなってたので」


じつは全然誕生日じゃなかったのだけれど、定価に戻ると却下されそうだったので先に買ってもらった。


「使ってみますか?全然貸しますよ」

「いいの!?じゃあ……」


そこまで言って、何かを考えるように顎に指を添えて急に黙り込んだ。

次の言葉がくるまで、こちらも目の前に並ぶ絵の具を物色しながら静かに待つ。


あ、この青すごく良い…


「借りるのは申し訳ないからさ、その、今度一緒に出掛けない?」


絵の具に伸ばしていた手をピタリと止めて先輩を見上げれば、一瞬目が合ってすぐにふいと逸らされてしまった。

そわそわと目が泳いでいる。


「ここら辺、ほかに画材売ってるお店ありましたっけ?」

「いや買い物じゃなくて!」


突っ込みと同時にやっと目が合った彼は、ほんのり頬を赤くしながら続けた。


「少し遠出して、絵を…風景画でも一緒に描きませんか…」


遠出…風景画…


「乗った!良いですね風景画!描きましょう!」


描きたいと思ってた!夏特有のこの太陽の明るさとキラキラが素敵なの!


「どこ描きますか!?海?山?川?街中でもいいんですけど実は私1度行ってみたいところがあって!!」


横で「っしゃぁ!」なんて小さくガッツポーズをしている彼にぐいぐいと詰め寄れば、

「ちょっと待って、何?どこって?」と何も聞いていなかったらしい。


「ひまわり畑を描いてみたいんです!」

「ひまわり畑?」

「はい!一面ひまわりの風景を描きたいと思ってて!」


興奮してどんどん距離を詰めていく私を、先輩は笑いながら落ち着いてと手で制す。


「そういの知ってそうなやついるから、聞いてみるよ」

「本当ですか!?うわぁ…嬉しい!」


やったー!!まさかこんなすぐに願いが叶うとは!!

夏休み中に行けたらとは思ってたけど、暑くて!


「その時にさ色鉛筆持ってきてよ」


「荷物になって申し訳ないんだけど」なんて彼は眉を垂らすけれど、そんなことはどうでも良くて。


「いいですね!スケッチブックもう1冊追加しようかな!」


ぴゅんとその場を離れた私は、1人残された彼が嬉しそうにケラケラと笑う声だけ聞いていた。



「ちなみに、場所知ってそうな人って、」


帰り道、ふと思い出して問うてみれば、


「あぁ、あのロバみたいな」

「またですか!?」


お洒落カフェにひまわり畑って、見た目によらず結構ロマンチスト!!


黄色に囲まれた中に小麦肌の彼がニッと笑っている姿が浮かんで、思わず小学生の夏休みを連想してしまった。

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