少女の選択

つい数日前に合宿から戻ってきたサッカー部。

彼女からは何も連絡はなく、どうだったのかと密かにソワソワしていた。


トマトの味がしっかりするパスタを服に飛ばさないように細心の注意を払いながら頬張る。

「美味しい」と呟けば、彼も「俺これ好きな味ー」とタレ目を細めてニコニコしていた。


「3日間ずっと一緒だったんですよね」

「うん、男ばっかりのもっさい中ね」

「マネージャーは女の子ばっかりじゃないですか」

「そこだけが救いだったよね」


パクリとパスタを口に入れて「うまー」と味わう彼。


「なんかこう…いつもよりあの子可愛く見えるなとかなかったんですか?」


遠まわしに聞いてみるも、う~ん?と思い出すように空を見上げている。

次の言葉を待つ間、くるくるとフォークに巻き付けたパスタを口に運んだ。


「まぁ、男子高校生ですし?薄着な子見てフゥッてなってるやつもいたけど、」

「うんうん」

「俺はべつに」


なぁんだ。


分かりやすく溜め息をつけば「なんでそんな残念そうなの?」と不思議そうに問われた。


「いやぁ、つまんないなぁと」

「え、なに、何かあったほうが良かった?」

「はい」


力強く頷けば無言で頭を抱えた彼。


「頭痛いですか?そんなに冷えてました?」

「違うね、頭キーンてなってるやつじゃないからね」


そうか。


「長期戦だなぁ」と独り言ちた彼は、しばらく考え込んだあと「よしっ」と力強く頷いて顔を上げた。

そんな彼と視線がぶつかり、フォークを口に運んでいた手が止まる。ぽかんと開けられた口が今か今かとパスタを待っている。


「うわ、間抜け面だ」

「失礼な!先輩が急に顔上げるから!」

「俺のせい!?それはごめん!」

「いやまぁいいんですけど」


そんな謝ることでもないし、と止まっていたそれを口の中に入れれば、冷えたトマトソースが口いっぱいに広がった。


「なんか甘いもの食べる?」


こちらが食べ終わるのを待ってくれていた彼が見計らったようにメニューを開いてくれた。

ちょうど、ちょっと甘いもの食べたいなぁなんて思っていた。

タイミングまでイケメている。


「ちょこっとだけ」

「このケーキなら小さめでいいんじゃない?」

「ベリー系ですか、良いチョイスですね」

「でしょ?俺分かっちゃうからさ!」

「調子乗ってきましたね」

「ごめんなさい」


即座に謝る彼がなんだか面白くて、ふはっと笑えば、それを見た彼の目尻がふにゃりと垂れる。

気分が良いとでもいうように奥二重が細められる瞬間。


「私、先輩のその目、結構好きですよ」

「えっ、な、なに、急にどうしたの」

「タレ目がこう…スッてなってもっと垂れる感じ」


細く垂れた形を人差し指と親指で表現しながら言えば、どぎまぎしている彼の顔がぽぽぽっと赤くなる。


「目?俺の目、好き?」

「うーん…はい」

「今何を悩んだの」

「いや、こう細くなる瞬間が好きっていうだけで普段から好きっていうわけでは…」

「あ、もういい、それ以上言わないでいい」


私の言葉を止めて「せっかく良い気分だったのに」と何故か泣く真似をする。

時々よく分からないけれど、ころころ表情が変わるところもまた彼女に似ている。


あれ、そういえば。


「ちなみに先輩、合宿中に…」


告白されませんでしたか?と聞こうとして、やめた。

これは彼女に直接聞くべきかな。


「合宿中に?」

「…言おうとしたこと忘れました」

「なんじゃそりゃ!」


ケラケラと笑う彼を一時見とめてから、携帯で時間を確認した。


「画材買いに行きます?」

「腹が膨れて戦に行けない…」

「戦なんかやめてしまえ」


「皆の者!撤退じゃ~!」なんて弱々しい将軍に「もう少し休憩しますか」と進言する。


「良い案だ!甘いものを食べよう!」


途端元気を取り戻した彼は、再び店員さんを呼び先ほどのベリー系のケーキを注文した。


「今日何買うんですか?」

「クレヨン!あと水彩絵の具!」


クレヨンと水彩絵の具?


「幅広いですね」

「クレヨンはいとこにあげるんだー」

「へぇ、いとこいたんですね」

「うん、幼稚園入ったばっかの子!」


「男の子なんだけど女の子みたいで可愛いんだよね」とデレデレしているところに、注文していたケーキが運ばれてきた。

どうぞと私の前に置いてくれる。

面倒見良さそうだもんなぁ、先輩。小さい子どもと一緒に遊んでいる姿が容易に想像出来る。


「いただきます」


パクリと一口。爽やかな甘酸っぱい味が、口の中をさっぱりと満たしてくれた。

そんな私をニコニコと見ている彼に「食べますか?」と問うてみれば、ピタりと動きを止めた。

けれどすぐに「いいの?ありがとー!」と笑ってみせた。


「使ったフォークで申し訳ないですけど」


と何の気なしにケーキと共に差し出せば、


「えっ!!」


なんて目を見開いた彼が今度こそ固まっていた。


「え?いらなかったですか?」

「いや、その、ちょっと想定外で、」


ケーキいるか聞いて、いる感じだったからあげようとした、どこに想定外なところが?


「いらないですか」


そうケーキを下げようとすれば慌ててその手を止めた先輩は「いるいる!ください!」なんて。

不思議な人だ。


「お茶で斜め上をきたから今回は期待しないでおこうとしたのに」

「お茶?この前の?」

「独り言。気にしないで」


控えめにパクリと食べた彼は、何かを噛みしめるようにそれをゆっくりと味わって食べていた。


そうしてのんびりとランチからデザートまで堪能した私たちは、ようやくお目当ての買い物へと席を立つ。

鞄から財布を取り出せば「俺出すからいーよ。一緒に買い物来てくれたお礼」なんて。

申し訳なくてデザート分だけでも出せば、渋々、それの半分だけ受け取ってもらえた。

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