少女の選択

「こっちこっち!」


待ち合わせ場所である数メートル先でこちらに向かって手を振る男性。

白いオーバーサイズのTシャツを黒いワイドパンツにゆるくイン。

シルバーアクセで華やかさをプラス。

夏の日差しを避けるように黒いバケットハットを被っている。

そして極めつけはあの爽やかな笑顔だ。


「はぁ…」


周囲の女性たちの視線を独り占めしていることに気づいていない彼は、

子どものように「おーい!」と両手をぶんぶんと振り回している。しっぽ振ってる犬みたいだ。


目立ちすぎている。

そういえばイケメンだったよな、なんて今さらながら思う。

至ってシンプルな服装だけれど、彼が着ればもうオシャレさんだ。

背が高いってそれだけで強みだなぁ、なんて建物の日陰に収まったまま考えていた。


そして先ほどからずっと居場所をアピールしている彼。

こんなイケメンが呼ぶ人物を一目見ようと周囲の女性陣もその場を離れず見守っている中、

一歩も動く気配がない私。


そりゃそうだろうよ、誰が好き好んで注目を浴びにいくんだ。

絶世の美女が現れるとでも思われてるんだろうし。うん、しばらく他人のフリだ。


もう少しギャラリーが飽きるのを待とうと地蔵を貫いていれば、視界の端にフレームインしていた彼が動いたのが分かった。


「あー…やべ」


ほぼ口を動かさず音だけ発した。まさに腹話術方式で「オワッタワ」と喋る私を真横にいた女性が驚いた顔で見ていた。


「ちょっと!気づいてたでしょ!?なんで来てくんないの!?」


目の前まで小走りで来た彼の顔が赤い。

暑さのせいか恥ずかしさのせいか。

「え、かっこよ…」と横に立つ女性が小さく呟いた声が聞こえた。


「俺1人でずっと手振ってバカみたいなんだけど!?」

「いやぁ…キラキラしすぎて見えてなかったですね」

「なにそれ!俺注目の的だったんだよ!すぐ来てよー!」


だから行きたくなかったんだってば。

彼の背後を遠巻きにうろうろする女性たちが、必死にこちらの顔を見ようと頑張っている。


「先輩がもう少しブサイクだったらなぁ」

「え!?もしかしてブサイクなやつが好きなの!?」

「いや違う、そうじゃ…」


…なんかこんな会話を前もしたな。


「あんまりにもイケメンだから注目されてるんですよ」

「えー!違うよ!」


違わないよ。


「ていうか、私服初めて見た」

「学校外で会うの初めてですからね」

「そうなんだけどさ…なんか、いいね」

「あ、無理に褒めてもらわなくて大丈夫です」


間髪入れずに言えば「そうじゃなくって!」と必死になる彼。


「なんかその…シミラールックっていうの?なんか俺たちの恰好似てない?」


言われて自分の洋服を見下げた。

柔らか素材の薄手の白いロングシャツに、黒いスキニー。

長袖のシャツは手首が出るように袖を数回、雑に折っている。


たしかに、素材や形は違えども色味はまったく同じだった。

自分のバカ。


「黒と白なんてそこら中にいますよ」


精一杯の否定をしたけれど、先輩は嬉しそうに笑っている。


「そんなシンプルな服なのにオシャレに着こなしちゃってるんだよー」

「それは先輩ですよ」


そんな会話をしていれば「仲良しカップルかー残念ー」なんて声がどこかから聞こえてきて、

思わず身体を横にスライドさせて彼の背後を確認してしまった。


カップルじゃないですけど!?


「ていうかそろそろ行こー暑いー」


手でパタパタと自分の顔に微風を送りながら、太陽が照り付ける中歩きだした先輩。

いつの間にか、周囲に集まっていた女性陣も散っていてこちらを気にする人たちはいなかった。


「とりあえずさー、お腹空かない?」

「画材は…」

「腹が減っては戦はできないっていうし!」


どこに出陣するつもりなんだ。


「一旦涼みに行こ!」

「それは大賛成です」


「よっしゃー」と元気よく前を歩く彼のあとを追う。

夏が似合う。さすが爽やかフレッシュ君だなぁ。

汗が流れる首筋を見上げながら、これからこの人が画材買いに行くだなんて誰も思わないんだろうな、なんて思った。



「生き返るー」

「これレモン水だ…美味しい」


なんだか小洒落たカフェに入った私たちは、冷えた店内とすぐに出された水に救われていた。

ほのかに香るレモンの風味がさらに清涼感を与えてくれる。


「イケメンって知ってるお店までイケメンなんですね」

「ちょっとよく分かんないけど、ここは友達に教えてもらった!」

「その友達絶対女の人ですね」


女性のほうがこういうお洒落カフェ詳しそうだもんね。偏見だけど。


「いや、男だよ。あのロバのやつ!」


ゴフッと口に含んでいた水を吹き出してしまい、慌てておしぼりで口元を拭う。


「大丈夫?」

「ちょ、と、予想外の人物が出てきたもので…すみません」


紙ナプキンを手渡してくれた先輩は、追加で数枚とると手早くテーブルの上を拭いてくれた。


「あいつ、甘いもの好きでカフェ巡りとかやってんだよ」

「そうなんですか!?あの見た目で!?」

「見えないよなー!俺も最初聞いたとき超ビックリした!」


ケラケラと笑う彼はさりげなく店員さんを呼ぶと水の追加までお願いしてくれている。

さっきから目の前のイケメンがイケメンを加速させているんだが。どうしたものか。

今どきの高校生ってこんなデキる子なんだな…凄いなぁ…いや私誰目線!


「先輩ってなんで彼女いないんですかね。絶対モテるのに」

「えぇ!?話の切り替わりが凄いんだけど!」

「なんか凄い、さりげなく優しいというか」

「え、そう?惚れちゃう?」

「…?」


効果音を付けるなら”ぽわ~ン”だろうか。

真顔でこてっと首を傾げた私を見て、彼は「うん、わかってる」と1人勝手に納得している。


どうぞ~と心なしか声が高い女性店員さんが水を注いでくれた。

受け取ったそれはひんやりと指先を冷やす。

ついでに本日のオススメと書かれていた冷製パスタを注文すれば、店員さんはニッコリと“彼に“笑顔を見せて去っていった。


「綺麗系より可愛くてほわほわしてる彼女が隣にいそう」

「背高めの綺麗系がいい」

「へ~」

「夏なのになんか涼し気に見える人!」

「むず…」


そんな人いたら憧れちゃう。


「そんなことより、合宿どうでしたか?」

「そんなこと…」


がくっと項垂れる先輩に、なんか変なこと言いました?と問えば、彼は静かに首を横に振った。


「合宿ねー2校と練習試合したんだけど圧勝した!」

「凄いじゃないですか」

「しかも俺フル出場!」


ドヤっと自慢げな顔で胸を張る。


「ちゃんとサッカー出来たんですね」

「それまだ引っ張る~?やめよーよー」


そうは言ったって、実はあれから何度か野球しているところを見かけている。

「お待たせいたしました~」と先ほどの店員さんが商品を運んできてくれたところで、

私たちは同時に手を合わせた。

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