少女の選択

気づけば太陽が燦々と照らすようになった頃。

無事夏休みを迎え、部活に勤しむ生徒たち以外は学校に寄り付かなくなった。


そんな中暑苦しい男たちは黒と白のボールを蹴っ飛ばしては、キラリと輝く汗をユニフォームの裾で拭う。

捲り上げたその下から覗く腹筋にマネージャーのみならず、近くで活動していた他の運動部女子からの視線も奪っている。


そして1人、クーラーが効いた涼しい部屋で着々と制作を進める、私。

半分だけ開けた窓に頬杖をつき、グラウンドを見下ろす。

何が楽しくて猛暑の中動き回るんだか、と涼しい部屋の中でさらにうちわでパタパタと風を送っていた。

まるで高見の見物だ。


あれから先輩と彼女の恋人説は消えることなく、密やかに囁かれている。

サッカー部の間でもその話が出ているようで、どことなく2人きりにさせたがっている風潮があるらしい。

それを「迷惑だ」と突っぱねてしまえばそれまでだけれど、あの爽やかなフレッシュ君にそれが出来るわけもなく。


「やめろよって言ってるのにあいつら…面白がりやがって」

「本当に嫌だったらもっと真剣に言ったらどうですか?」

「そう、なんだけどさぁ…」


トイレに行くついでに涼みに来た彼は、酷く疲れているようだった。


床に座り込む彼に、パタパタと風を送る。

額から流れる汗は一向に止まる気配はなく、外の暑さを嫌でも感じてこちらまで暑くなる。


「よくあんな暑い中走り回れますね」

「室内でやるより風があってマシなんだよねー」


へぇ、そんなもんなんだ。


「マネージャーの子たちも大変そう」

「あーあれね、あの子たちこそよく倒れないよね」

「私から見れば、運動部の人たちはみんなそうですけどね」


こちとら校舎から一歩も出たくないのに。


「はぁー涼しー」


手を休めることなく扇いでいれば、飲み物持ってこれば良かった、と壁にもたれかかりぐでんとしている彼。


「飲みますか?まだ冷えてますよ」


なんの気なしに、自身が買ってきたペットボトルのお茶を差し出す。

少し減っているそれを見て開封済みだと察した彼は、少々驚きつつ受け取った。


「え、いいの?」

「いいですよ。スポドリじゃなくて申し訳ないですけど」

「いやだってこれ開いてるじゃん…」

「?無くなればまた買えばいいですし。あとコレ」


そう言って鞄から取り出した紙コップをどうぞと差し出せば、安心したような残念なような顔をされた。


「夢がない…ありがとう…」


「分かってたけどね」とコップに注いだお茶をごくりと一気に飲みほした。

一体お茶になんの夢を見たというのか。


「ていうか何で紙コップ持ってるの?」

「あーちょっとおつまみを入れる用に…」

「おつまみ?」


鞄からアーモンドの入った袋を取り出して見せる。


「口が寂しいなってときにこう手軽に食べられるから」

「直接袋から取るんじゃダメなの?」

「パレット持つじゃないですか、片手で筆持ったまま取るのに袋からだとちょっと面倒で」


なんとなく気恥ずかしくなって、もにょもにょと言い訳するように言えば、彼はケラケラと笑った。


「絵意外に労力かけませんって感じがらしいよね!」

「図星すぎて何も言えない…」

「俺も今度からそれ真似しよー!」

「紙コップなら持ってますのでどうぞ」


さっきまで疲労困憊、といった風貌だったけれど、少し復活したらしい。

白い歯を輝かせながら笑う彼に、ちょっぴり安堵した。


「あ、そういえばさ、夏休みどっか空いてる日ない?」


良ければどうぞと差し出したアーモンドを口に放り込んだ彼が、もぐもぐしながら聞いた。


「空いてるといえば空いてますけど、空いてないといえば空いてないです」

「どっちなのそれ」

「基本毎日絵描いてるんで、空いてるかと言われると微妙です」


毎日仕事してるようなもんなんで。


「画材をさ、一緒に買いに行ってくれないかなーって思ってるんだけど…」

「私とですか?」


こくりと頷いて、どう?とこちらの様子を窺う。


画材かー

たしかに私もそろそろ新しい筆が欲しいと思ってたんだよなぁ。

絵の具も買い足したいし、べつにいいか。


「いいですよ」

「いいの!?マジ!?」


ヤッター!!と子どものようにガッツポーズしている先輩の喜びようったら。


「いつにしますか?」

「すぐ合宿行っちゃうからさ、帰ってきてからでもいい?」


わかりました、と承諾して、家の画材ストックも思い出す。

どうせなら一気に集めてしまいたいから、買いたいものリスト作っておこう。


「さてと!エネルギー補給もできたし戻るかなー!」

「合宿頑張ってください」


いろんな意味で。


「俄然やる気出てきた!いってくるー!」


ひらひらと爽やかに手を振って走り去っていく先輩に、いってらっしゃいませーと適当に声をかけて窓際の定位置へ戻れば、

暫くしてグラウンドを突っ切っていく彼が見えた。


またわいわいと騒がしくなるグラウンドの音を聞きながら、ぽりぽりとアーモンドを頬張る。

少しずつ進む絵は、あの日のキラキラした風景だ。

あの日とまったく同じ気持ちで描いているかと問われると少し違う気もするが、大事に大事に描き進めている。


まだ彼女の恋は終わっていないし、グラウンドで器用にボールを操る彼は太陽の下で輝いている。

ちなみに、あのロバの先輩も、グラウンドではカッコよく見えた。

さらに黒くなったような気がしないでもないけれど、それもまた夏の風物詩としておこう。


「合宿、うまくいきますように」


本当に付き合わないでも、もっと仲良くなれますように。

そして、せっかくの夏休みだ。


もっともっと、絵を描きたい!

ひまわり畑とか行きたいんだけどなぁ。

海とか、川でも森でも!

ぴかぴかと太陽の光を反射させる水面、鮮やかな緑、高い空に入道雲。


「かーっ!」


いいねぇ!夏!

日陰で描きたいわーっ!


お酒でも煽るようにお茶を喉に流し込む。

筆を持つ手がウキウキと踊るように動く。

ピシャリと窓を閉め切って、クーラーの風を余すことなく堪能しながら私の制作は続いた。

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