少女の選択
その日からだっただろうか、彼女が少し変わったのは。
私も彼女もお互い部活で先輩と会う日々が続いていた。
活動日意外は美術室からグラウンドを眺めながら制作を進めていたが、
時折こちらに気づいた先輩が、試合中にも関わらず手を振ってきて部員から怒られているのを阿保らしいと見ていた。
そしてそんな日は決まって、彼女が部活終わりの先輩を捕まえて一緒に帰宅するようになった。
2人が並んで歩いていく景色を部室から眺めながら、積極的になったなぁ、なんて呑気に考えていた。
「ねね、あのイケメンの先輩と付き合ってるってほんと!?」
唐突にそんな質問を投げかけられたのは、彼女だった。
ぱちり、と瞬きをして照れたように笑う。
「なにそれー誰に聞いたの?」
どこか嬉しそうに答える彼女を、じっと見つめる。
否定しないな?え、付き合ったの?聞いてないよ。そんな話。
「噂になってるよ!一緒に帰ってるの見たって人いて!」
「部活の日に先輩が送ってくれただけだよー!」
「送ってくれたの!?家まで!?」
キャーと盛り上がるその子。
「先輩みんなに優しいよねー!」
「いやいや好きだからでしょ!じゃなきゃそんなことしないって!」
「そんなことないよー!」
「2人お似合いだよねってみんな話してるし!」
「えーほんと?ありがとうー!」
そんな会話を静かに聞いていた。
一緒に帰ってただけで付き合ってるの?なんて、噂の出所って突拍子もないんだなぁ。
で、実際のところどうなの?
一緒に帰っていくのはよく見かけてたけど。
「で、付き合ってるの?」
堪らず彼女に聞いてみれば、彼女はんーと少し考えてからゆったりとした動作で口角を上げた。
そこに人差し指を添えながら
「ご想像にお任せー」
なんて。
はっきりとしない物言いに、声をかけてきた女の子は「付き合ってる言い方じゃん!」とキャッキャしていたけれど、
私はなんだかモヤモヤしてしまった。
今まで一緒に恋バナしていたのに何で急に守秘義務?
応援しろって言っておいてだんまりですかい?
結局はっきりしないまま、先生の入室によってそれ以上は追及できなかった。
こうなったら、先輩に直接聞くしかない。
「と、いうようなことがあったんですけど」
「えぇ?なにそれ」
放課後、自主制作のため美術室にいた先輩に話をしてみれば、不思議そうな顔をされた。
「いつの間に付き合ったんですか?」
「いやいや!付き合ってないよ!」
「そんな隠さなくたっていいんですよ?夢語り合った仲じゃないですか」
「隠してないって!たしかに夢はあつーく語り合ったけどさ」
「語ってないです」
「自分から言ったんじゃんー…」
項垂れる先輩を横目に、結局付き合ってないってことか?と首を傾げる。
なんであんな意味深な言い方したんだろ?
「でもよく一緒に帰ってますよね?」
「一緒にっていっても校門のところまでだよ」
「家まで送ったことは?」
それについても彼女はどちらともとれるような言い方をしていた。
「あーあったかなー」
「あったんですね!」
家まで送ったという事実にわぁーおと喜んでいれば、先輩は拗ねたような顔で続けた。
「1回だけだよ。相談にのってほしいって言うから話聞いてたら遅くなっちゃって」
なるほどね~
その1回をたまたま見てた人が、広めたってことかなぁ。
「はぁーなぁんでそれだけで付き合ってるなんてことになるのかなー」
やれやれと首をふる彼は、面倒くさいとでも言いたげだ。
「私もそれはよく分かんないですけど、ま、いいんじゃないですか?」
「なにが?」
「2人お似合いですし。あんな可愛い子と噂されるとか実はちょっと嬉しかったり?」
自分のキャンバスを立てかけてから、からかうようにちょいちょいと先輩を小突いてみれば、
その顔はしかめっ面を表した。
「あのねぇ、好きでもなんでもない子と噂されたって嬉しくないって!」
「またまたぁ~…って、え?」
「え?じゃないよ。俺あの子のこと好きとか気になってるとか1回でも言ったことあった?」
「いや…」
聞いたことはないけども…
そんな何でもないようにさらっと言われちゃうと、こちらとしても…
「それに、俺ちゃんと好きな子いるから」
「えぇ!?先輩好きな子いたんですか!?」
初耳なんですけど!!
某日曜アニメの旦那さんを彷彿とさせるような驚きの声をあげれば「突っ込んだほうがいい?」なんて。
たしかに彼女の有無は聞いたことあったけど、好きな子まで聞いてなかった!
自分のバカ!これでは応援したところで彼女が悲しむ結末しかこないではないか!
…いや、ちょっと待てよ。
「先輩は、その好きな子とうまくいきそうなんですか?」
肝心なのはそっちの進捗具合だ。ここがダメなら彼女にだって望みはある。
ごくりと固唾を吞み彼の言葉を待っていれば、そんな私をじっと見つめて、おもむろに腕を伸ばした。
「ねぇ、いつの間につけたの」
スイと私の頬を親指でなぞった彼は、くすくすと笑う。
その仕草を目を細めて受け入れていれば、目の前の奥二重がいつもよりも柔く垂れる。
まるで愛しいものを見るようだ、なんて思想は残念ながら浮かばない。
「あ、絵の具ついてましたか?」
ありがとうございます、と近くに置いてあったティッシュを手渡せば、彼ははぁ…と盛大に溜め息をつきながらそれを受け取った。
「だよねーそうだよねー君はそうだよねー」
ティッシュで指を乱暴に拭く先輩を、怪訝な顔で見るだけの私。
「うまくいくどころかちっとも進んでないね!始まってすらないみたいだしね!眼中にないって言うけど、ほんとそうだよね!普通、今のところはキュンッてなるとこなんじゃないの?知らんけどさぁ!」
「知らんのかい」
息つく暇もなく怒涛の勢いで喋り倒したかと思えば、最後の最後にすべてを投げ捨てた先輩をどうどう…と宥める。
こちらは冷静に突っ込むしかない。
「どうしたんですか、急に」
「俺の好きな子があまりにも
「そんなこと私に言われても」
「モォー!!」
鳴かないでください。牛は全然フレッシュじゃないです。
フレッシュなお乳はくれるけど。
「逆に聞きたいんだけど、」
もはや開き直ってやるとでもいうように、身体ごとこちらを向きふんぞり返って脚を組む。
「この人自分のこと好きなのかもって考えたことない?」
予想外の質問に、眉間に皺が刻まれていく。
「ないですね。私のどこに好きになる要素があるんですか?」
「もし俺が好きだよって言ったらどうする?」
「人として?」
「ちげーよ!告白だよ!付き合ってほしいっていう流れになるほうだよ!」
「はぁ…」
先輩が私に告白?この誰からもモテるであろうイケメンに好きだって?
考えたことないからなぁ。
そんなこと有り得ないし。うーーーん。
腕を組み、必死に頭をフル回転させて想像する。
湯気が出そう。温度上昇によりシャットダウンだ。
スン、と起動停止した私は、半開きの目で遠くを眺めると、ふっと笑みをこぼした。
「先輩、絵を描きまショウ」
「あーうん、キャパオーバーしたね、ごめんね」
もし自分が、っていう妄想は置いておいて。
今の感じだときっと先輩のほうもうまくいってはいない。
それなら、好きな人の乗り換えを提案したい。
言い方悪いけど、そうすれば玉砕することもないし、彼女もハッピーハッピーだ。
私も心から応援できる。
とりあえず。
「先輩、今の会話絶対他の人に話さないでくださいね」
せめて合宿が終わるまでは黙秘で。
「言わないよ」
「自分がこれっぽっちも恋愛対象として見られてないなんて、ネタにしかならないし」と唇を尖らせている。
もしかすると合宿中に恋の矢印が向きを変えてるかもしれない。
まだ終わったわけじゃない。
しかし、それにしても、
こうなってくると恋愛ってめんどくさい。
キラキラ青春してるだけの楽しいものじゃなかった!
やっぱり私は恋愛からは程遠い。
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