少女の選択

「そういえば、サッカー部って夏休み合宿あるんだって?」


ある日の昼休み、彼女に問うてみれば「え?」なんて不思議そうな顔がこちらを見た。


「あれ、先輩に聞いたんだけど、違った?」

「サッカー部のほうではまだそんな話聞いてないよ!?」


あれ、まだ決定事項じゃないのかな?

去年やったから今年もやるでしょ、のノリだった?


「言われてみれば、マネージャーの先輩も部屋割りがどうのって話してた気がする…」

「まだみんなに話してないだけかもね」

「え、まって、合宿!?」

「うん、3日間って言ってた」

「3日間ずっと一緒!?」


そうだね、と相槌をうつのが先か、彼女が自身の顔を手の平で挟んだのが先か。

なんだかバチンと音がしたような気がする。

そして、みるみる青くなるその顔。


「どうしよう!!3日も先輩と一緒にすごすんだよ!?心臓もたなくない!?」

「もつよ」

「もたないよー!!死んじゃうよー!」

「殺人事件でも起こすんか」

「先輩に殺されるなら本望…」

「重症だ」


いっそどこかの名探偵も一緒に行かせるか。確実に事件起こるけど。

まぁきっと彼女が被害者になることはないだろう。


「でもずっと一緒ってことはアピールチャンスだよ?」

「そ、そうだよね!?」

「ついでに告白してもいいんだよ?」


にやりと笑ってみれば、意外にも彼女は「たしかに…」と考え込んでいる。


おや?

前は告白なんて、って感じだったのにこれはもしかすると?


「せっかくならもっと可愛いアピールしたいけど部活の合宿だからなー…」

「部活終わったときの素の感じがギャップになっていいんじゃないの?」

「良いこと言うー!!たしかにそれだよ!!」


ぶわんと勢いよく顔を上げたと思えば、その勢いのまま迫りくる彼女の顔。

近くても可愛いんだもんな、ときめ細かな肌を目前にして感心する。

何をやっているんだ先輩は。早くしないと誰かに取られちゃうよ!


「夏休みまでに自分磨き頑張らなきゃだー」

「十分可愛いけどね」

「え、やだ、急にどうしたの?惚れちゃうー」

「遠慮します」


顔の前でNOと手の平を見せれば、ちょっとー!なんて怒る声がころころとした笑い声とともに聞こえた。



その時。

ガラリと開いた教室のドア。

みんなの視線を独り占めしたそこにいたのは。


「あ、フレッシュ先輩」

「ひえっ…」


茶髪の毛先を遊ばせた彼と、短髪で日に焼けて小麦色の肌をした男の人だった。

隣では彼女が小さく悲鳴をあげた。


先輩とバチっと視線が合う。途端彼はタレ目を細めて、よ、と軽く手をあげた。

その隣では短髪の彼が教室内を軽く見渡して、そして私たちを見つけると「いたいた!」と手を振った。


「短髪の人、誰?」

「サッカー部の先輩!ちょっと行ってくるね!」


彼女は短髪の彼に呼ばれて席を立った。

そんな彼女の背中越しに、ドアにもたれて立っている2人をぼんやりと眺める。


なんか、あの短髪の先輩、何かに似てる気がするんだよねぇ。

どこかで見たことあるような?はて…


頬杖をつきながらぐるぐると記憶を巡っていれば、ぽわんと浮かんできた1枚の絵。

それは体験入部した日に先輩が見せてくれた絵だった。


あぁ!ロバの人だ!!

あの真ん中で笑っていたロバそっくりだ!!

ロ…バ…


「ふはっ…」


自分で思い出しておいてなんだけども、一度そうと認識してしまうとどうにもロバに見えてしかたがない。

1人残された席で耐え切れずに笑っていれば、


「俺、絵上手いと思わない?」


なんて楽しそうな声が頭上から降ってきた。


「え」と見上げれば、なぜかそこにはニコニコと笑うフレッシュ先輩。

なんでここに。


「サッカー部の連絡事項があったんだけど、あいつが行きたいって言い出したからついてきた」

「一緒にいなくていいんですか?」

「俺はもう内容知ってるから」


「それよりさ」と続ける彼は、彼女と話す先輩を指さしながらこちらを見た。

私が何か言うのを待っている。


「いやあの…ロバの人ですよね?」

「当たりー!」


ニカっと笑ったその顔に、周りにいた女子から小さく黄色い悲鳴が上がった。


「俺天才だと思ったね!」

「初見で分かるくらいですからね、だいぶと、」

「だいぶとうまいよね!」

「だいぶとロバにそっくりなことで…ふふっ」


「そっち!?」と声を殺して笑う私を見下ろす。


「ロバにそっくりなんてしつれー」

「どの口が言うか!」

「俺は友達だから!」

「親しき中にもなんとやら、ですよ」


言い返せず口を尖らせた彼を見上げて、茶化すように同じ顔をしてみせれば

真似すんなよなーとケラケラ笑った。


「ま、あの絵のモデルあいつだよって教えたくてついてきたんだけどなー」

「やめてください、見かける度に笑っちゃう」

「教えるまでもなかったけど!あ、もう戻るかな」


おーい、と短髪の先輩に呼ばれて手をあげて応える彼。

そしてその手でぽんと頭を撫でられた。


「またな」と爽やかな笑顔を振りまいて、最後の最後に周囲から「キャー」なんて声を搔っ攫いながら歩いていく。

そんな様子を、彼女は1人教室のドアにもたれながらじ、と見ていた。



先輩2人を見送って席に戻ってきた時、彼女は無表情のまま真っ黒な瞳でこちらを捉えると、


「先輩と仲良いんだねー」


色のない声音で、ひんやりとする。

この前と同じ。


そして、また次の瞬間にはニコッと笑顔を見せる。


「羨ましー!」

「私は2人を応援してるからね?」

「ありがとー!」


そう言って彼女はくるりと前を向いてしまった。


なんだろ…なんか、マズイことしちゃったかな?


そろりと目の前のまっすぐ伸びた背筋を見つめる。

いつもふわんふわんと揺れているそれは、その日は微動だにしなかった。

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