少女の選択

ほんの少し、顔だけ振り向いた先輩は「また突然だねー」と笑い、そしてすぐに前を向いてしまった。

茶色い毛先がぴょこんと跳ねていた。


「いないよー」

「へぇ、意外ですね」

「なんで急にそんなこと聞くのかな?あ、もしかして俺のこと好きになっちゃっ」

「違います」

「食い気味で否定しなくても良くない!?」

「本当のことなんで」


そもそも恋愛には興味がない。


「そっちは?彼氏、いたりする?」


いつもより心なしか声が小さい気がするなと、前を歩く彼を見上げるもこちらを見る気配はない。

今どんな表情をしているのだろう。

聞きにくいと思ったのなら聞かなきゃいいのに。


「いませんよ」

「好きな人も?」

「はぁ…いませんね」


そう言えば、くるりと身体ごとこちらを向いた彼はなぜかニッと笑っていて、

「そっかー!ふーん!」なんて嬉しそうにする。

意味が分からない。


「バカにしてます?」

「してないよ!?安心しただけ!」

「独り身仲間見つけたみたいな?バカにしてる!!」

「違うってー!」


いいもん、私は絵さえ自由に描ければそれで充分!

それに、彼女と先輩がうまくいってくれれば、幸せそうな二人を絵にできるかもしれないし。

今はそれが楽しみだったり。


「鈍いなー」と彼が小さく呟いた声はうまく聞き取れず、ん?と表情だけで聞き返せば、

「なんでもない」と優しい声音とともにぽんと頭を撫でられた。


なに今の、この人誰にでもこんなことするのかな。

妹か弟いそう。それも二人くらい。



「おーい!」


校舎を出たところで玄関から聞きなれた声がして足を止めた。

ふわんふわんのポニーテールを揺らしながら小走りでこちらに向かってくる彼女に手を振る。


「お疲れさま」

「お疲れ様ー!」

「あれ!マネージャーって俺らと一緒に帰ってるわけじゃないんだね!?」

「え、あ、ハイ!今日は、えっと、その、みんなと少しお喋りしてて」


彼のほうから声をかけられて、ピシッと棒立ちになる彼女。ポニーテールだけがゆらゆらしている。


「今日変なところ見られちゃったなー!」

「見逃しですか?面白かったですよー!」

「ウケ狙いじゃないからね!?」

「知ってます!みんなから文句言われませんでしたか?」

「めちゃめちゃ叩かれた!」

「ドンマイです」


二人が談笑する様子を邪魔しないようにひっそりと観察する。


なんだ、普通に喋れてるじゃん。なかなか良い感じなんじゃないの?

緊張しちゃう~とか言ってたけど、ちゃんと楽しそうだ。

これは…遅かれ早かれなのでは?


ついニヤニヤと彼女を見ていたらしい、それに気づいてポッと顔が赤くなった。

やめてよ、なんて口だけが動いて、私の視線から逃げるように彼に別の話題を振った。


「先輩も、今帰りなんですねー!」

「あ、うん、美術室寄っててね!」

「そうなんですね!忘れものですか?」

「あ、いや、そうじゃないんだけど、」


ちらり、彼がこちらに視線をやる。


「暇だったんですよね?フレッシュ先輩」

「だぁから違うって!」


何が違うんですか、と呆れた視線を投げれば、うぐ、と後ずさりした。

そんなやりとりを交わした直後、


「ふーん」


ひんやりと、色のない声音がその場に響いた。

それが彼女のものだと判断するのに時間を要すほどの、初めて聞く声だった。

けれどそれは一瞬で。

次の瞬間には、彼女はいつも通りの可愛らしい声で「いつの間にそんなに仲良しになったのー!」なんてころころと笑ってみせた。


気のせい…?


「じゃあ二人とも、気を付けて帰ってねー!」


いつもの爽やかな笑顔でひらりと片手をあげた彼と別れ、それぞれの帰路につく。

途中まで同じ道の彼女と並んでゆっくり歩き出した。


「フレッシュ先輩、今彼女いないってさ」

「聞いてくれたの!?ありがとうー!」


嬉しそうにする彼女からは、先ほどの冷たさはまるで感じない。


「二人って似てるよね」

「うそ、ほんとに!?」

「うん、雰囲気とかお似合いだと思う」

「わわ、ほんと?嬉しい…」


うまくいってくれたらと思う。


「それに、さっき楽しそうに話してたし!」

「結構頑張ったんだよー」

「頑張ってたの?」

「だって、話せなかったら付き合ってから困っちゃうもん」


その前に告白ですよね?とは言わないでおいた。だって楽しそうにしてたから。


「応援してね!」


ぐっと距離をつめて真剣な眼差しを向けるものだから、思わず笑ってしまった。


「えーなんで笑うのー!」

「あんまりにも真剣だから!」

「真剣だよー!」

「応援しないわけないよ!私にできることあったら言ってよ」

「頼もしいー!ありがとー!」


ひし、と横から抱擁された。

ふわんと柔らかい髪が頬を掠り、部活の後だというのになぜか甘い良い匂いが鼻を掠めた。

世の男性はきっとこういう子が好きなんだろうな。

先輩も男だし、押せば落ちる気がする。


「押して押して押しまくるんだ!」

「えー引かないの?」

「引くまでもなく先輩は落ちる!」

「キャー!頑張るー!」


可愛い女の子と、まさか恋バナする日がくるなんてなぁ。

この私が。

恋愛とは無縁だったこの私が。

なぁんだ、私もちゃんと青春してるかも?


「あれ、なんか楽しそうだねー?」

「ばれた?なんか青春してるなーって思って」

「青春ー!なんか高校生っぽいねー!」

「高校生なんだよ」


笑いながら帰る道。

高校生活、これから毎日こんなふうに楽しめると思うと、ワクワクした。

先輩が友達を絵にしていたように、私もみんなとの日常を描けたらいいな。

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