少女の選択
部活動が始まって、もといフレッシュ先輩との初対面を果たした日から数か月。何事もなく過ぎていたある日。
すべての授業を終え机の上を片付けていたときだった。
前に座る彼女がくるりと振り返った。
ちらりとこちらを窺ったかと思えばすぐに視線を足元へ逸らし「あのね」とぽつり。
どうしたのだろうと手を止め次の言葉を待った。
もじもじと言いにくそうにしていた彼女だが、意を決したようにぶんと顔を上げた。
「わ、私ね、先輩のこと好きになっちゃったかもしれない!」
先輩…あ、フレッシュ先輩のことか。
何を言われるのかと思えば。
「…え、うん」
特に驚くこともなく相槌をうてば、拍子抜けしたのか、まぁるくなった目がこちらを見た。
「え、それだけ?」
「逆にどんな反応が正解だった?」
「え、ううん、もっと驚くと思って」
正直なところ、驚くどころか「でしょーね」としか思わなかった。
初めて会ったときからすでにそんな感じしてたし。
そんな改まって言われずとも。
「告白するの?」
「こっこっこ!?」
「にわとりか!」
赤くなった頬を包むように両手を添えて、”こっ”と鳴くたびに違う方向に顔が動く。
動きまでにわとりだ。
「告白なんてそんな、そこまで考えてるわけじゃ…」
「え、ていうかフレッシュ先輩って彼女いないの?」
「フレッシュ先輩って誰?」
「あなたが惚れてる先輩のこと」
ついつい心の中で呼んでいる名を口にしてしまった。
まぁ間違っちゃいないからね。
あれからしばらく経っても彼は相変わらず爽やかなフレッシュ君だから。
「本人の前で言っちゃったらどうするの!」
「あ、実はすでに公認!」
あは、と笑えば信じられないとでも言いたげな顔をされた。
入部してすぐの頃、美術部の女の先輩とお喋りしていたときに
「初めて会ったときからフレッシュすぎてフレッシュ先輩って勝手に呼んでるんですよね~」
なぁんて言っていたら、本人が真後ろに立っていたことがあったっけ。
「そのあだ名、さすがにちょっと照れるんだけど!」とか言いつつもニッと笑った彼の白い歯がきらんと光って、
「あぁ、眩しい!爽やか君だ!」「さすがフレッシュ先輩だ!」なんて先輩も一緒になってみんなで面白がっていた。
「その時から美術部ではわざと呼んでたりするよ」
「えー!?先輩は何も言わないの?」
「最近はもうフレッシュ先輩って言うと普通に返事してくれるよ」
笑える光景だけれど、存外彼も気に入ってるのでは?と思う。嫌がってるというより照れてるし。
それこそ最近では自ら「はーいフレッシュ先輩です!」なんておちゃらけたりして。
「仲良いんだね~」
「ノリがいいんだよ」
「羨ましいな~」
私の机に両肘をつき、むにゅっと唇をとがらせている彼女。
楽しそうだね、と呟く。
「サッカー部ではどんな感じなの?」
「いつだってカッコいいよー。失敗してスカッてなっててもダサくないの!」
「先輩でも失敗することあるんだ」
なんでも卒なくこなしてるイメージだったなぁ。
「そうなの!なんかね、失敗しても笑ってる先輩見ると可愛いー!ってなるんだ~」
「そういうもんかね」
「そういうもんなの!」
さっきまでむくれていたとは思えないほど、先輩を語る彼女の顔は緩んでいる。
恋する女の子って感じ。
今彼女を描くならいちごかな。糖度めちゃめちゃ高めのやつ。
「いちごだね」
「出た!果物に例えるやつ!」
「そんなに大きくないけど、実がぎゅぎゅっと詰まった真っ赤で甘いいちご」
「りんごからいちごか~、いいね!可愛い!」
ころころと笑う。
そんなあなたが可愛いです。
「彼女いるか聞いたことある?」
「噂ではいないみたいなんだけどね…」
「私聞いてみようか?」
「いいの!?」
なんの気なしに言えば、ぐっと前のめりになった彼女。目が輝いている。
「いいよ」
聞くだけなら簡単だしね。
「わ~ありがとう~!」
そう言うと彼女は私の両手を包み込み、ぶんぶんと上下に振った。
よしよし、そんなに嬉しいか。
今にも飛んでいきそう。あ、にわとり飛ばないっけ。
「でも今日ってサッカー部の日だよね。自分で聞く?」
「むり!」
「即答しないでよ」
「緊張してそんなこと聞けない~!」
「しかもこんな話したあとに会うなんて…もっと緊張しちゃう」とぶつぶつ聞こえてくる。
「アイドルとの握手会だと思うっていうのはどう?」
「リアルで大好きですなんて言えないよ!」
「いや告白しろとは言ってない」
「だって握手会は短い時間でいかに好いているかを伝えるものだから!」
「そういうもんかね?」
「そういうもんなの!」
「わ、時間やばい!行ってくるね!」と慌てて席を立つ彼女を「いってらっしゃい」と手を振って見送った。
難しや、恋する乙女。
可愛いや、恋する乙女。
「私も美術室行こう」
一人呟いて、席を立った。
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