少女の選択

「すみません、癖で…」

「いや、俺もそれやるから気持ち分かるよ!」

「え!」

「もともと人物って苦手で、だから違うものをイメージして描くんだ。動物とか!」


「眩しい…」なんて囁く声が聞こえて隣を見れば、直視出来ませんと顔を逸らしている彼女。

少しだけその気持ちが分かった。


芸能人になれるよなぁ、このイケメン。

たしかにみんながカッコいいと噂するのも分かる。


でも、私が人物を描くときは、心から”この人”を描きたいと思ったときだけと決めている。


中学の時、なんとなく同じクラスの子を描いてあげたことがあった。

それを描いてもらったんだと友達に見せて回ったようで、そのあと自分も描いてくれという人が殺到した。

断り切れず承諾したものの、それはあまり心躍るものではなく、ただの作業になってしまったことがあった。


絵を描くことがつまらないと思ってしまった。


それきり、私は人物をあまり描かない。

描くとしたら、イメージで描く。果物だったり植物だったり。例えるなら、これかなって考えて。

それが誰もが認めるイケメンであっても、私自身がイケメンだと思っても、

よほど綺麗な人でなければ、自分が心動くほどの人でなければ、人として描くことはない。


だから、その、ついやってしまうんだけど。

まさか分かってくれるどころか、同じように考える人がいるとは。



「あ、こんな感じ、描きかけだけどね」と彼は壁に立てかけられていたキャンバスを手に取って見せてくれた。


ロバの上に小鳥が数羽乗っている絵が描かれていた。

今はただ真っ白な背景にそれだけ。

だけど、動物たちの表情がとても良い。ちゃんと笑ってるっていうのが分かる。


「なんか、楽しそう」

「そう!そうなんだよ!これ、俺の友達をイメージしてて!」


ロバっぽい人でもいるんだろうか。


「今はまだ途中なんだけど、わちゃわちゃしてる感じを出したいんだ!」

「…これあれだ、くまの…っと」


言いかけた言葉が失礼かもと気づき、ぴたりと止める。

黄色に赤い服を着たくまさんとその仲間たちを想像してしまった。


「えー!そこまで分かる!?それっぽい雰囲気出したいんだよね!」


当たってるんかーい。


嬉しいなー!なんて、絵を見ながら喜ぶ彼は子どものようだった。


「と、もう時間だね。ちゃんと紹介できずに申し訳ない!」

「いや、部活動休みだったのにすみません!」

「隣の子も、もしかしたらサッカー部のほうで会うかもだね!」

「あ、はい…!行きます!」

「うん、待ってるねー!」


気をつけて帰ってね!と最後までフレッシュな笑顔のまま見送ってくれた。



2人でゆっくりと帰路につく。


「すごいね、私びっくりしちゃったよ」

「イケメンすぎて?」

「うん…アイドルになれるよ、先輩」

「推しちゃう?」

「もう推してるー!」


キャーっと頬を染める彼女は、まさにファンそのものだ。

アイドルヲタクってこんな感じなのかなー。すごいや。


「私そこまでうわーってなれないから、なんか凄いね」

「その言葉、そのままお返しするよ!」

「なんで!?」

「先輩と絵の話してる間、ずーっと同じ感じだったよ!」

「うっそ!そこまでじゃないもん!」

「気づいてないあたりマジのやつだよー!」


人のこと言えないな…恐ろしや。


「私ずっと蚊帳の外みたいだったんだからねー?」

「眩しいって顔逸らしてたじゃん!」

「うっ…だって、イケメンすぎて見てられなくて…」

「会話どころじゃなかったくせに!」

「ううう図星ー!」


ぷくっと頬を膨らませて怒ってみたり、恥ずかしそうに顔をくしゃりと歪ませてみたり。

彼女の表情はくるくると変わる。


「私は美術部入るけど、どうする?」

「私、サッカー部のマネージャーやろうかなって思う!」

「あ~ぽいね、そんな感じする」

「それどんな感じ?」

「よく分かんないけど、合ってると思う」

「よく分かんないのに?」


ころころと笑う彼女は、最後に。


「今日一緒に行ってくれてありがとうね!」


とびきりの笑顔で言った。



この翌日、朝教室に入ってすぐに「どうだった!?」と聞きにきた2人に彼がどれほどのイケメンか、

時折頬を赤く染めながら事細かく話す彼女は、アイドルを追いかけるファンというよりもまるで恋する少女のようだった。


そして宣言通り彼女はサッカー部の見学に行き、早々に彼との二度目ましてを迎えた。



私もまた、正式に美術部に入部届を出し、数日後には他の部員の人とも無事挨拶を終えた。

男性3人、女性4人。

一人くらい彼目当ての人いてもおかしくないよな、なんて思っていたけれど、先輩たちがみな口を揃えて「べつにどうでもいい」なんて

言うものだから、思わず笑ってしまった。


「まぁでも、本人が無自覚天然タラシみたいなところあるから、面倒なことにならないように気を付けてね」


その忠告を、この時は「なんだそれ」程度にしか思っていなかったことを、少し後悔することになる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る