少女の選択
放課後。
自身より頭1個分小さい彼女と並んで歩く。
心なしかウキウキしてる様子が見て取れた。
だってなんか、飛んでるし。虫じゃないよ。本人が。
歩いてるはずなのにスキップしてるみたいな。跳ねてんだよなぁ。
「そんな楽しみなんだ?」思わず声をかけた。
「え、うわ恥ずかしいー!分かる?」
「飛び跳ねてるよ、さっきから」
「やだ、なんか男好きみたいじゃない…?」
まぁ、今のところだけ切り取れば。とは言わないでおいた。
「そんなイケメン好きなの、意外だった」
「え、だってイケメンって癒されない!?私アイドルとか大好きなの!」
言われてみれば、彼女はいつもアイドルグループのグッズらしきものを持っていたっけ。
「たしかにカッコいい人って何しててもカッコいいよね」
「でしょ!存在が癒しなんだよね~」
「そこまでの美男子だったら全力で描く!」
「本当、絵描くの好きだよね!なかなかイケメンだ!描こう!なんて発想にならないよー!」
ころころと笑う彼女。
「付き合いたいとか思う?」
「そりゃもちろん、付き合うならカッコいい人がいいな~とは思うけど、みんなそうじゃない?」
こて、と首を傾ぐのを横目に「そうじゃない人がここに…」とそっと挙手。
「えぇー!ブサイクがいいの!?」
「いや違う、そうじゃない」
この世の男はイケメンとブサイクの二択か!
「恋愛に興味がないんだよね」
「そっちかーびっくりしたー!でも、そういう人もいるよね!恋愛だけがすべてじゃないしね!」
「たぶん全力で絵を描く方向に走ってるから…」
「良いこと良いこと!そこまで熱中できる何かがあるって素敵だよー!」
「それでいうと私は全力でアイドルを応援してる!」とドヤ顔の彼女。
なんだろうな、この子がイケメン大好きって公言してても全然いやらしくないというか、男好きに見えない純粋な感じ。
例えるならツヤツヤでまん丸の、甘いのに爽やかな、ポテッとしてて可愛い。
「なんかりんごみたいだね」
「はぇ??りんご??」
「うん。いつか描いてあげる」
「え、何を?りんごを?よく分かんないよ!?」
「着いたよ」
混乱する彼女を差し置いて、いつの間にか到着していた美術室の扉を開けた。
「失礼しまぁす」
シーンと静まった部屋。人っ子一人いない。電気すらついていなかった。
「あれ?ここじゃなかったのかな」
「誰もいないね」
美術室を覗き込みながらきょろきょろと見ていれば、
「え、もしかして体験入部の子!?」
背後から大きな声がしてビクッと飛び跳ねた。
おそるおそる振り返ったそこにいたのは、茶色い毛先を少し遊ばせた背の高い男の人だった。
制服の袖を肘辺りまでまくり上げ、ズボンの裾もくしゃりと雑に折られていた。
ほんの少しタレ目な奥二重が、こちらを見て大きくなっていた。
この人だ!!
思わず隣に並ぶ彼女に顔を向けると、彼女もまたこちらを見ていた。
たしかに、これはイケメンだ。私でも分かった。この人だと。
んんん、だがしかし!しかし!
「描きたいほどかっていうとごにょごにょ…」
「こら!シッ!」
横から弱い力でぱしっと腕を叩かれて、慌てて口をつぐんだ。失敬失敬。
「うわーそっかー!タイミングがなー!」
あ、全然聞こえてなさそう。良かった。
「今日って部活の日じゃなかったですか?」
「顧問の先生が昨日今日で出張行っててさ、部活休みにしたんだよね!ごめんねー!」
「そうだったんですか」
「でもせっかく来てくれたんだし、ちょっと中見ていく?」
「いいんですか!?」
「いいよ!」とそのイケメンはニカッと笑ってみせた。
横で「はわわ…推せる…」なんて声が聞こえてきた。
それにしても…
この人ほんとに美術部なんだろうか?どこからどう見ても運動部というか、外で友達とサッカーしてました、みたいな風貌なんだけど。
「あ、あの…先輩?は美術部の人なんでしょうか」
おそるおそる問うてみれば、その人は自分の恰好を上から見下ろしてから「見えないか!そりゃそうだ!」とケラケラ笑った。
「俺、美術部とサッカー部掛け持ちしてんだよね」
いや見たまんまだったわ。サッカーしてそうだったもん、ずっと。
「絵描くの好きでこっち入ったんだけど、1回ヘルプでサッカーやったら気が向いたときでいいから来てくれって誘われて、入っちゃったんだよね!」
美術部は火曜と木曜が顧問が来てくれる活動日で、他の日は好きにしていいよというわりと融通が利く感じ。
サッカー部は木曜日以外が活動日になっているようで、金曜日はコーチがいないのだそう。
火曜は美術部に行くことを許可してもらっていて、金曜日は好きなほうに行ってくれて構わないと言われたんだと教えてくれた。
「金曜はこっちにくることのほうが断然多いんだけどね!」と言うが、今の恰好からは到底想像できなかった。
「自己紹介とかは、入部してくれたらちゃんとするねー!」
「入ります」
「早っ!」
「体験入部は私のほうで…」
おずおずと手を挙げた彼女は、恥ずかしいのかさっきからずっと俯いていた。
「そうだったんだ!また次の活動日に来てくれたら嬉しい!」
「あの、サッカー部ってマネージャーとかありますか!」
「あるある!そっちでも嬉しいー!」
さらりとそういう言い方ができるところが、なんとなく彼女に似てるなと思った。
「さっきまでサッカーやってたんだけど、ちょうど試合終わったとこだったんだよね」
「それでそんな恰好…」
「わーごめんて!そんな嫌そうな目で見ないでー!」
「ちが、そうじゃないです!」
「冗談!でも良かった、来て正解だったわ!」
くっ…なんて爽やかなイケメンなんだ…!
例えるなら、みずみずしくてはじけるような、フレッシュな感じの、
「オレンジ、ぶどう、いやマスカットとか…パッションフルーツ、はちょっと酸味強いか…?」
「え、好きな果物の話!?急に!?俺いちご好きだよ!」
「いちごはちょっとフレッシュさが違うっていうか、」
「違うの!?クイズだった!?」
「ちょっとちょっと!」と焦った声と相変わらず弱い力でパシパシと腕を叩かれて、はっ…!と我に返る。
しまった!やってしまった!
「す、すみませ、」
「分かった!果物に例えるならって考えてたんでしょ!」
慌てて謝ろうとしたそれを遮って、フレッシュ先輩はびしっとこちらに指を向けた。
ニッと笑うと白い歯が見える。
参った参った、まぎれもなく彼はイケメンだよ。
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