少女の選択

その門は、それほど大きくはなかった。

ただ、縦に伸びているような、言うなれば細長い門とでも。


そりゃそうか、あの神が屈まずに通れるほどだ。よほど高くないと。

神の、神による、神のための門であらねば。


バグりだしている感覚を無視して一歩中へと踏み込めば、そこには庭が広がっていた。

左手には池がある。覗いてはないけれど、きっと中で泳ぐのは金色の鯉だろう。勝手な想像だけど。

右手には花が植えられていた。大小さまざまな形の花が咲いており、少し前に水をやったのだろう、色とりどりの花びらについた水滴がきらりと輝いている。


門からくねくねと伸びている石畳は、その先の建物へと案内するように続いていた。

和風な庭からは想像しにくい、洋風な建物がポツンと建っている。

さすが、神の住まう場所。コンセプトがよく分からん。


とんがり屋根に、こちらも縦長の扉。半月をにょ~んと伸ばしたような丸みを帯びている。

とはいえ、造りは木という、なんともちぐはぐしているように思えてならない。

ならないのに、何故だろう、とても素敵だ。これも神の力か。



「お嬢さん、こっちだよ」


見れば建物の扉を開けて、どうぞと中へ入るよう促している神。


こくんと頷き、石畳を進む。

いざ、神の住まう場所へ!




「お邪魔しまぁす…」


意気込みとは反対にか細い声で、踏み込んだそこは、


「…あれ、本屋さん?」


ずらりと並ぶ本たちが出迎えてくれた。

天井近くまで届くほどの本棚に、ぎっしり並んだ本たち。だいぶと古いものなのか、少々色あせている。

外国から取り寄せているであろう、魔法書みたいな本まで。当たり前だけれど、文字は読めそうにない。


「すごい…」


見渡す限りの本に圧倒されていれば、静かに扉を閉めた彼が「お客様だよ、クレさん」と。


その声に目を向けて、思わず固まってしまった。



扉をくぐって右手にL字のカウンターがあった。

その奥で、ゆらゆらと揺れるロッキングチェアに”紅さん”と呼ばれたその人は座っていた。


色白の肌に、闇のように黒いストレートな髪。

涼しげな目元を彩る赤いアイシャドウと、小さく薄い唇を縁取る赤いリップがとてもよく似合っている。


彼に呼びかけられた彼女が、すっとこちらに視線を向け、呟いた。


「いらっしゃい」


透き通るような、静かな、声。

まるで夜の闇に浮かぶ湖を思わせるような、そんな声だった。


あぁ、ここにも、ここにも神がいたなんて!


目元に手をやって天を仰ぐ。


腰辺りまでのびるさらさらのロングヘア、華奢な線に小さなお顔。

どこを切り取っても完璧な造りをしている黄金比の配置。

そしてその誰もを魅了するであろう美しい声。完璧だ。あぁ、羨ましい。

天女か、女神か。この世に存在していたなんて。


「描きたい…!」


涙すら出てくる。

先ほどまで神だと思っていた彼と比べても良いのは彼女だけだ。いや、むしろ彼女のほうが勝るやもしれない。


「神々しい?」

「いえ、もはや神!」


あっはっはっとお腹を抱えて笑う彼に、またやってしまったと、今度は恥ずかしさで目元の手をどけられない。



サク、この子は間違ったか?」

「いや、間違えてないはずだけどね」

「にしては、騒がしいな」

「おもしろいよね、もったいないね」



あぁ、神が神と談笑していらっしゃる。ジーザス。

今すぐにでも模写させてくれないだろうか。二人を描きたい。

銀色と漆黒の素晴らしいコントラストを。そう、まるで、まるで、


「お月様みたい…」


いつも見守ってくれる存在のような、願いを聞いてくれるような、なんて心地よい。

深い深い闇夜と、それに包まれるように浮かぶ銀色。



うっとりと恋する瞳で目の前の二人を見つめていれば、呆れたようにため息をついた紅さんは傍らに立つ彼に

「朔、お茶でも入れてきてやれ」と声をかけた。

「はいはーい」なんて呑気に返事をして、彼はキッチンがあるであろう奥へと消えていった。




「さて」

二人になった空間に、彼女の静かな声が落ちた。


途端、ヒヤリ、と空気が冷えたのを感じて、緩んでいた気が締まる。


カウンターに肘をつき、交互に組まれた指先に顔を乗せる彼女は、じっとこちらを窺う。

目を逸らせない。じわりと汗がにじむ。

何を言われるのだろうと、ごくりと唾を飲み込んだ。


しばし、無言の時間。

見つめあったまま微動だにしない彼女。

睨みつけられているわけでもないのに、動けない。

そんなに、そんなに見つめられると、


「あ、無理死ぬ…描きたすぎて死にそう…」


ふいと顔を背けてしまった。こちらの負けだ。勝てっこない。

あんまりに綺麗なんだもの。

見ていられないのに見ていたい。

家に帰るまでに忘れちゃったらどうしよう。自分を恨むだろうな。

いや、というよりもやはりここで描かせてもらえないだろうか。下書きだけでも良いから。

本屋で絵を描くなんて邪魔でしかないことは重々承知だけれど。

隅っこのほうで静かにしてるから、とか言えば許してもらえないだろうか。

そして図々しいことは百も承知で、二人一緒にいるところを描かせてもらいたい。



「いろいろと思慮しているところ申し訳ないが、もう死んでいるぞ」

「そうですよね、こんな美しい神様と会えるなんてこの世じゃ無理ですよね、一回死なないと会えないですよね………は?」



突然放り投げられた言葉に、うんうんうんと何度も頷きながら、理解しきれず聞き返す。



「い、今、なんと?」

「だから、おまえはもう死んでいるぞ」

「…」



う~ん?

これでもかというほど横に曲がった首。死んでいる?おまえはもう、死んでいる?

なんだっけ、この有名なセリフ。

いや、ちがくて。



「いや、どゆこと」



とりあえず、一旦、説明求む。

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