第2話

「なんかね、かくれんぼすると、アメくれるらしいんだよ」


 娘の言葉に、え、と注視を向ける。


 居間のソファに座り、タブレットで漫画を読んでいた娘が目を上げてこちらを見ていた。


「それって、どういうこと?」


 さあ、と娘は首をひねった。


「うわさなんだけど」


「なによ、あんたまさか、知らない人と遊んだりしてないでしょうね」


 妻がテーブルにお茶を置きながら、顔をしかめて娘をいさめる。

 するわけないじゃん、と口を尖らせて娘が応じた。


「アメでつる大人なんて、ヤバさしか感じないもん」


 口調が妻そっくりで苦笑する。ついこのあいだまで子どもの体型だったのに、最近は背も伸びて、体つきも変わってきたから驚く。


 まぁ、来年は中学生になるんだからなぁ。早いもんだ、と考えていると、娘が口を開く。


「なんかね、そのアメがすっごい美味しいんだってさ」

「はぁ?」


「学校で盛り上がってんだよね、特に男子」


 あいつら、バカだからさ、と肩をすくめる。


「女子はキモチワルイって言ってるんだけど、男子は放課後探し回ってるのもいるらしくて」


「かくれんぼに誘う、おじいさんを?」


 そう、と娘は妻の問いにうなずいた。


「ヒマだよねー、まぁ、こっちはそんなガキじゃないもん」


 塾の宿題は? と妻に問われて、娘は壁の時計を見上げて顔をしかめた。


 はいはい、と言って立ち上がり、タブレットをテーブルに置いて自室に向かう。


 頭のなかに、引っかかるものがあった。

 老人がくれる、アメ。


 すっごい美味しいんだってさ、と娘の言葉が耳に甦る。


 昔、ひどく遠い記憶で、そんなことがあったような気がする。








 悪いことは続くようで、今度は新築アパートの一室で事件が起こった。


 母親が夕食の支度をしているときに、子どもの姿が見えないのに気づいた。探し回ったところ、蓋の閉まった風呂のなかで、服を着たまま溺れているのを発見したのだった。


 表まで聞こえる悲鳴が響いて、近隣も騒然となった。


 たまたま隣家に休暇中だった看護士が居合わせて、救急車が到着するまで必死に救命活動を行い、奇跡的に子どもは息を吹き返した。


 母親が、どうしてあんなところにいたのかを子どもに問いただしたところ、かくれんぼをしていた、と答えたそうだ。


 かならず見つかるところに隠れるんだよ、と言われたから、お風呂に入るときには見つけられると思って、風呂桶のなかに潜んだらしい。


 水の量が多めに入っていたせいで、息をするのが大変だった、気がついたら病院だったんだ、そう打ち明けたという。




 

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