第2話

初めて彼女を見かけたのは、僕が大学三年生になった4月下旬。

 

 校舎脇にあるもう葉桜となってしまった木の前で、しゃがみこみ、彼女はを見ている。

 陽の光に透けてしまいそうなほど、色素の薄い茶色い髪に白い肌、顎の下で切り揃えられた毛先は柔らかそうで所々そっぽを向いていた。

 目を細め優しそうな笑顔を浮かべた彼女の、その先にいたのはアイツだった。

 いつも見かける大きなキジトラ猫。

 構内を我が物顔で闊歩するアイツは誰かしらからエサを貰って日々体重を増やしている。

 その体型からだろう、誰がつけたのか名前は【ぶーにゃん】、アイツにはピッタリの名前だと思う。

 エサをくれる人間にだけ懐いているようで、一度僕が普通に手を差し伸べて撫でようとしたら、フーーッと毛を逆立てて威嚇してきた。

 まあ、オレのような真似をしたやつらには決まって同じ態度を取ってるのを見たら、そういうヤツなんだろう、とこの二年でわかりきってしまったから。

 彼女がエサを差し出さないままで危険猫ぶーにゃんに手を伸ばそうとしてるのを見て、ひっかかれないといいんだけど、と心配でずっと成り行きを見守ってしまってて……。



 え? あれ!?

 オイ、ぶーにゃん、何気持ち良さそうに撫でられてるんだよ?

 寝転がってお腹まで出して、少し離れた僕にまでその喉のゴロゴロ鳴らしてるの聞こえてきそうなぐらいだぞ。


 

 あっさりとあの狂暴猫を手名付けた彼女は一体何者だろうか、と気になった。

 全然自分には懐かなかったぶーにゃんがあんなにも幸せそうに撫でられているその姿にも何だか嫉妬すら感じてしまって。

 初めて見た彼女という人物、広い大学構内でまだ知らない顔があるのだって確かだし、丁度新入生も入って来た時期だったけれど。

 

 学生じゃないのは彼女の首からぶら下がっている大学職員のネームカードだ。

 新しい職員? 事務員? 食堂のお姉さん? 購買部?


 時間にして3分くらい。

 ようやくぶーにゃんに手を振り立ち上がった彼女は僕の不躾ぶしつけな視線に気づいていたのかコチラを見て。

 微笑みを浮かべて僕に頭を下げるから、釣られて僕も下げ返して。

 彼女は背を向けて構内のどこかに向かって歩き出していく。

 

 笑顔の優しい彼女の正体は、その日の午後に判明した。

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