第7話



【〇月×日】 下弦の月。 


新たな錬成術式……素材……錬成後の経過……


金の錬成術を終えた師匠が、しばらく留守にするといって日記を持ち出かけていった。戻りは次の新月になるだろうと云っていた。



【〇月×日】 新月


新たな魔石錬成術式……素材……金剛魔石……


予定どおりに師匠が戻ってきた。日記は持っていなかった。新しい魔石の術式を記しておけといわれ、魔術と錬金術の合成術式を記録する。高難易度の術式であった。



【〇月×日】 十三夜。


依頼された錬成術式……素材……錬成後の経過良好


回復薬の錬成後、しばらく目にしていなかった師匠の日記が突然、作業場にある魔法陣の上に現れた。それを手にとった師匠は、久しぶりに笑みを浮かべ読みふけっていた。




 ◇  ◇  ◇  ◇




「魔法陣の上に現れたか……」



 エリーゼはいくつかの可能性を思い浮かべた。



 魔法陣を使って亜空間に日記を隠しているのかしら。それを解呪したことで、日記が現れたのかもしれない。それとも、別の場所から亜空間を利用して日記を転移させたとか?



 でも、それなら移動先にもう一人、送り手となる術者が必要だ。いろいろな可能性があるが、こればっかりはアラケラスの棲家で魔法陣を見てみないことにはわからない。



 おそらく、アラケラスの棲家には、今もその魔法陣が残っているはずだ。アラケラスほどの術者であるならば、そう簡単に消えてしまうような魔法陣は描かないだろう。



「行くしかないか」



 明日は晴れるといいな。窓辺に立ち、ディアモン山の方向を見つめる。暗闇を見つめること数秒、エリーゼは灯りを消してベッドに入った。



 翌朝、優秀な侍女は、確かな裏付けとともにさっそく報告にやってきた。



「姫様、同盟に関する複数の選択肢についてですが、裏付けがとれました。ひとつは、すでにご存知のとおり、魔竜の封印解呪ですが、ふたつ目は、クラウス殿下とヴィヴィアナ王女殿下との婚姻でした」



「なるほど、政略結婚か。まあ、ヴィヴィアナ様とクラウスならありえるわね。手っ取り早いし。でも、クラウスが選んだのは、魔竜の封印解呪……また、面倒な方を選んだわね」



「あの王子はこれまでも各国からの婿入りの婚姻を断っていますから、今回も婚姻を嫌がったと思われます」



「どうしてかしら。ヴィヴィアナ様はちょっと天然すぎるところはあるけれど、可愛らしい方なのに。それとも恋愛結婚を夢みてるとか? 意外とロマンチストなのかしら」



 真顔で訊いてくるエリーゼに、グロリアは頭を抱えたくなるのをこらえた。あれほどわかりやすく好意を示してくる相手に気がつかないとは、さすがだ。



 しかし、敬愛する姫に薬を盛るような王子の肩を持つ気には到底なれないグロリアは、エリーゼの疑問にもっともらしく答えた。



「もしかして、あの王子は男色家なのかもしれませんね。あの童顔チビと良い仲かもしれません」



 クラウスとレオンが聞いたら、断固否定しそうな答えである。



「男色家!?」



 エリーゼも、グロリアのまさかの見解に驚きを隠せない。



「ええっ、そうなのかなあ……あっ、でも、そういえば、わたし、《 智の塔 》で、クラウスに告白されたのよ。『 恋い焦がれています~ 』って、もし、クラウスがそちら方面の性癖を持っているなら、あれはどういう意図だったのかしら。なにかしらの戦略?」



 今度はグロリアが、驚く番だった。



「告白されたのですか!? 一国の姫を相手に、国王陛下の許可もなくいきなりとは、なんという非常識!」



「ああ、だから何らかの意図があるということよ。政略結婚するなら、どう考えてもヴィヴィヴアナ様の方がいいはずよ。ライオネル帝国の王子とルーベシランの姫とじゃ、つり合いがとれないもの。それこそ貴賤結婚に近いわね。それにしても、魔竜の件といい、婚姻話といい、クラウスの狙いはよく判らないわね。やっぱり『賢者の書』が欲しいのかしら」



「いえ、ですから、そういうことではなくて……」



 ついに頭を抱えたグロリアに、



「大丈夫、リア? 頭が痛いの? 昨日はいっぱい働いてもらったから、今日は少し休んでいてくれてもいいわよ?」



 見当ちがいの気遣いを、エリーゼは見せた。



 その日の午後。エリーゼはブルゴーヌ国王に謁見を申し込んだ。



「ディアモン山における魔竜の封印解呪について」との一文を添えた書状により、午後一番に、エリーゼは謁見の間にて、国王と顔を合わせることができた。同席したのは宰相とオリバー、そして、またもやクラウスがいた。



 エリーゼは、魔竜解呪における条件として、アラケラスの棲家の捜索許可を求めた。



「もちろんだ」



 快諾した国王に次なる許可を求める。



「その際、どんな術式が組まれているか不明のため、わたくしと従者だけで捜索させていただきたいのです」




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