第6話
―― さすが、グレン様だわ。
エリーゼは、相も変わらないグレンの人たらしぶりに感心する。スマートな会話術と完璧なエスコート。整った顔立ちに色香をまとわせたグレン様は無敵だ。
あれなら、すぐにでも目的を達成しそうね。
グレンの上々な働きぶりに、エリーゼは手にしていた黒白鳥の扇で口元を隠し、ほくそ笑んだ。
さて、わたしもそろそろ動かないと。今、何時かしら?
庭園の花時計を探す── あと、半刻あまり。
時間を確認するエリーゼの様子を横目で見ていたオリバーは、ようやくいつもの調子を取り戻しつつあった。長身をかがめ、エリーゼの耳元でささやく。
「それで ―― わたしの姫は、わたしをエスコート役にして、何を
「あら、企むだなんて人聞きの悪い。もう少し言葉を選んでよね」
「では、云いなおしましょう。わたしの姫は、わたしを利用して、何を目論んでいらっしゃるのですか? 少し教えて頂ければ、多少のお手伝いは可能かと思います」
さらに人聞きが悪くなった気がするけど、お手伝いはありがたい。今度はエリーゼが悪戯に顔を寄せ、オリバーの耳元で夜の女王らしく命じた。これからの展開を詳細かつ明確に。
「有意義な夜にしたいわ。これは、わたしの戯言だから忘れてね。夜の庭園をオリバーと散策しているうちに、話が弾んでついつい遠くまで来てしまったわたしは、急用の入った貴方と別れたあと、きっと道に迷ってしまうわ。そして思いがけず、夜の図書館で禁書をみつけてしまうのだわ」
またもや頬を染めたオリバーから盛大な溜息が聞こえた。
「わたしの姫は、わたしの使い方をよくご存知だ」
「オリバー、心に響いたわ。それはわたしにとって美辞麗句にまさる最高の褒め言葉よ」
「かないませんね。では、今宵のことは、わたしと姫の秘密ですよ」
「心得たわ」
その夜遅く――甘い香水の匂いを漂わせたグレンが、エリーゼの客間へと戻ってきた。
「遅くに失礼します。姫様」
「おかえり、リア。今夜もグレン様は大活躍だったようね。首尾はどう?」
「宰相閣下夫人はたいへんお顔が広く、まれにみる噂好きな御方でして、興味深い話をいくつか聞けました。裏取りをいたしまして、明日にでもご報告いたします」
「それはいいわね。高位の貴婦人たちの噂話は信憑性が高いもの」
「姫様の方はいかがでしたか?」
グロリアの問いかけに、エリーゼは満面の笑みで読みかけの禁書を持ち上げた。
「上々よ。さっそくコレを、ディアモン山にいる偵察隊に渡してちょうだい」
エリーゼから小さな書付を受け取ったグロリアは、一礼して客間をあとにした。ふたたびブルゴーヌ王国の禁書に目を落としたエリーゼは、新たな頁をめくった先で奇妙な一文を見つける。
頁の余白に消えかかった古語の走り書き。エリーゼは小首をかしげた。
『十六夜に、わたしは見た……蜜なる星……血を流した』
残念ながらインクが劣化したせいで全文は読み取れない。
「蜜なる星……なんのことかしら。なにかの隠語かしら。それにしても、ダレの血が流れたのかしら」
穏やかな内容ではなさそうだ。
エリーゼが今宵、ブルゴーヌ王国の禁書室から持ち出したのは、魔の錬金術師アラケラスの助手だったとされる従者が書き残した記録だ。いわゆる錬金術のレシピが、びっしりと記述されている。
それだけでも大変貴重なものなのだが、エリーゼが知りたかったのは、魔の錬金術師と呼ばれる以前のアラケラスの動向についてだ。
いったいいつ頃から、禁術へと傾倒していったのか。その兆候はなかったのか。それが知りたい。
ブルゴーヌ王国にある『 禁書 』の存在は、オリバーとの文通で以前より知っていた。
~~ いつかこっそり、わたしの姫に解読してもらいたいものです ~~
なんて冗談が手紙に綴られていたこともあったが、昨夜、本当にこっそり持ち出すことになるとは……
『 禁書 』の名にふさわしい危険な記録には、南方の賢者として称賛されていた頃のアラケラスの様子が、錬金術式とともにけっこう詳細に記されていた。
アラケラスが何時に起床して、何を食べていたかとか、何を好んでいたとか、日々の生活風景から趣味嗜好、交友関係にいたるまで。
エリーゼが思うに、この助手はアラケラスを崇拝していたにちがいない。それもちょっと怖いぐらいに。
そんな助手の『 禁書 』にも、アラケラスが禁術に興味を示しているらしいことは記されていたが、さすがに魔竜を生成する術式までは記録されていなかった。
しかし、その手掛かりといってはなんだが、アラケラスには禁術に傾倒する以前より綴っていた『 秘密の日記 』が存在すると助手は明記している。この一文を目にしたとき ――おそらくそれは、アルトーの『 賢者の書 』に匹敵するものだと、エリーゼは睨んだ。
きっとそこには、魔竜に関する詳しい術式が記されているはずだ。
どのような素材を掛け合わせ、どれほど危険な禁術を練り込んだのか。
あまり期待はしていないが、魔竜を制御できる諱が記されているかもしれない。たとえ諱が記されていなかったとしても術式が判れば、いくつかの策はとれるだろう。そのためには『 秘密の日記 』がどこにあるか。それを突き止めなければならない。
ディアモン山のアラケラスの棲家にある、という線が濃厚だが、エリーゼにはそう簡単に見つけられるとは思えなかった。きっと賢者アルトーの《 智の塔 》同様に、迷宮のような空間に隠されているに違いない。
アラケラスの棲家を闇雲に探したって見つかりっこないわ。
そう考えたエリーゼが道しるべになると睨んだのが、今宵、オリバーの手引きにより持ち出せた禁書だ。古語による鍵がかけられていたが、智の賢者アルトーの難書を解読できるエリーゼにとっては、子どもだましのようなもの。
さっさと解錠して読みすすめれば ――
「あら、さっそく」
エリーゼの狙いどおり、助手が記した禁書には、『秘密の日記』についての記述が幾度も登場した。
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