第5話
魔性の貴公子にエスコートされた夜の女王は、主催者のヴィヴィアナのところまでやってきて、優雅に腰を落とした。
「ごきげんよう、ヴィヴィアナ様。素晴らしいパーティーですね。素敵な夜になりそうですわ」
「エリーゼさまっ!? なんて美しいのっ? おふたりとも、まるで絵画のようですわ!」
興奮を抑えきれないヴィヴィアナは、頬をバラ色に染めて称賛した。
「まあ、ありがとうございます。ヴィヴィアナ様もとても可愛らしいですわ。淡いシフォンのドレスが良くお似合いで、まるで花の妖精ですわ」
「もう、エリーゼ様に褒められても、ちっとも嬉しくありません。だって、夜の女王様みたいな艶やかさなのですもの。わたしもエリーゼ様のような大人の貴婦人になりたいですわ。ところで、そちらの御方は?」
柔らかそうな頬を膨らませる天真爛漫な王女に、エリーゼはプラチナブロンドの貴公子を紹介した。
「わたくしの母の叔父である伯爵家のご子息で、ブルゴーヌ王国の近くを外遊していると聞いていたものですから、急遽、エスコート役に呼び出しましたのよ」
「まあ、そうでしたの。そういえば、パーティーの参加者リストに同伴者が追記されていましたね。たしか、グ……」
小首をかしげて思い出そうとするヴィヴィアナの手を、魔性の貴公子が優しくとる。
「はじめまして、麗しき姫。グレン・エステファンと申します。どうぞ、お見知りおきを。美しい月夜に可憐な妖精に出会えたことを感謝します」
そして、上目遣いにヴィヴィアナを見たグレンは、手の甲に唇を寄せた。グレンの吐息が手の甲にかかった瞬間、ヴィヴィアナは「う、うききゃぁ」という姫らしくない声をあげて腰を抜かした。
「失礼、お気をつけください」
すかさず貴公子グレンは慣れた手つきで、ヴィヴィアナの手を引き、腰を抱き寄せると、エリーゼに顔を向ける。
「エリーゼ様、少しおそばを離れてもかまいませんか? 王女殿下は少々お疲れのご様子。あちらでお休みいただいた方がよろしいかと」
「もちろんよ。グレン、お連れしてさしあげて。ヴィヴィアナ様、どうか少しお休みになられてきてください。パーティーの準備やおもてなしで気疲れされたでしょうから」
「いいのですか。それでは……」
グレンに手を引かれたヴィヴィアナはすでに夢見心地だったが、ふと周囲の視線に気が付いた。
「でも、エリーゼ様はどうされるのですか? エスコート役がいなければ、たくさんの殿方にあっという間に取り囲まれてしまいますわ」
心配するヴィヴィアナに、エリーゼはにっこりと微笑み、近くにいた長身の男の腕に、自分の腕を絡めた。
「ちょうどよいところに貴国の宰相補佐官殿がおりましたわ。エスコート役にお借りしても良いかしら」
ヴィヴィアナのアイスブルーの瞳が、エリーゼとオリバーを見つめる。
「まあ、驚いた。エリーゼ様の隣に立つと、我が国の宰相補佐官も顔が赤くなるね」
グレンとヴィヴィアナの後ろ姿を見送ったエリーゼは、腕をからめたままオリバーを見上げる。
「あら、本当だわ。耳まで赤いわよ。飲み過ぎたの?」
自分の腕にまわされたエリーゼの手を、もう片方の手でそっと包んだオリバーは、夜空を見上げている。
「一滴も飲んでいませんよ」
「そう。それなら少し歩かない? せっかくのガーデンパーティーなんだから、夜の庭園を楽しみましょうよ」
「少しだけ……少しだけ待っていただけますか。いまはちょっと、真っすぐ歩く自信がないのです」
「大丈夫? 立ち眩みならどこかに座った方がいいかしら」
「いいえ、おかまいなく。どうかこのままで」
そう云ってオリバーは、ようやくエリーゼに顔を向けた。
「何て云ったらよいか……言葉を探していました。今宵の姫はいつも以上に美しくて、月にたとえようかと思ったのですが、見上げた月より美しくて困っていました」
「あら、ずいぶんと上手い褒め言葉ね。いったいどれだけのご令嬢を口説いたら、それほど言葉巧みになれるのかしら」
エリーゼの言葉に、オリバーは嘆息する。
「わたしの姫は冗談がお好きですね。王女殿下も申していましたが、貴女以外にわたしが頬を染めることはありません」
「それもどうかと思うわよ。国の内政を担っているのだから、ここぞというときに顔を赤くできるくらいじゃないと、人の心は掌握できないわよ。貴方が笑顔を振りまいていたら、たいていの交渉は上手く運ぶと思うんだけど」
「あちらの御方のようにですか? わたしにアレは、なかなか難しいでしょうね」
離れた場所でヴィヴィアナとお茶をする貴公子グレンを、オリバーは顎でしゃくってみせる。
そのテーブルは、グレンの流し目によって吸い寄せられた年若いご令嬢や妙齢の貴婦人たちの煌びやかなドレスに囲まれ、すっかり華やいでいた。
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