第2話



 少し癖のある濃紺の髪に、整った顔立ち。



 しばらくみないうちに、また背が伸びたのかしら。



 右目にはモノクルが光り、知的さに加えてミステリアスな雰囲気が漂うようになった美形に、エリーゼは声をかける。



「オリバー・ウイッチ宰相補佐官殿、お久しぶりね」



「再会して早々の嫌味ですか」



「あら、文通相手の出世を喜んでいるのよ。数年前まで文官だった貴方が、あっという間にブルゴーヌ王国の史上最年少の宰相補佐官になるなんて、だれも予想していなかったわ。いったいどんな手を使ったのか、ブルゴーヌ城の建築様式と同じくらい興味があるわ」



「努力の賜物だとは思っていただけませんかね」



「まあ、そういうことにしておいてもいいけど」



「麗しき姫は信じておられないようだ。叡智の姫にひとこと褒めていただきたいだけの純真な男心を分かっていませんね」



「オリバーは本当に美辞麗句が下手ね。まったく心に響かないもの」



「おかしいなあ。数多のご令嬢には響いているのですが」



 再会したオリバーと軽口をたたいていると、「 —— 姫様」グロリアが目配せをしてきた。



 —— ああ、そうだったわ。



 帝国の王子様のことを忘れていた。



「そういうことで、クラウス殿下……」



 案内役はオリバーにお願いしますので —— と、言葉をつづけようとしたエリーゼは閉口する。



 また、ずいぶんと機嫌が悪くなったものね。ブルゴーヌ王国の宰相補佐官とルーベシランの王女が知り合いだとは知らなかったのかしら。



 剣呑な光を帯びたクラウスの視線は痛いくらいで、オリバーの登場によって、それまでエリーゼに向けられていたものとは明らかに異なる態度をみれば、帝国の王子とブルゴーヌ王国の宰相補佐官の折り合いが悪いのは、手に取るようにわかった。



 政治的な問題かしら。



 あまり首をつっこみたくない状況だが、やんわりとこの場をおさめようと、エリーゼが再び口を開くより先に、



「王子殿下は、お引き取りを。エリーゼ姫は城の建築様式にご関心がおありです。これよりさきの案内は、わたしがつとめます」



 オリバーが前に出ていた。大きな背にエリーゼを隠すように立った長身の宰相補佐官は、臆することなくいった。



「敵国の騎士団長に、城の中枢を見せる気はない」



 穏便とは、ほど遠い態度で。




 ☆  ☆  ☆




 夕暮れ近い庭園の東屋で、歩き疲れたエリーゼはオリバーとお茶を楽しんでいた。



「疲れさせてしまいましたね」



「心地良い疲れよ。どこもかしこも素晴らしかった」



 オリバーによって案内されたブルゴーヌ城の主たる内部構造は、エリーゼの知的好奇心を大いに満たしてくれた。とくに城内から城下に向かって水路を整備しているのには驚いた。



「工業都市にとって水路は重要よ。生活用水としても移動手段としても有効だわ。残念ながらまだ理解されにくい築城建築だけどね。でも、城下で暮らす国民はもう気が付いているわ。ああ、なんて便利なんだろうって、これまで当たり前だった水汲みをしなくていいのだから」



「今度、城下の方にも足を運んでみますか?」



「いいの? 嬉しいわ。是非、お忍びでいきたいわね。それにしても、膨大な費用が掛かったでしょう。よく財務担当が認めてくれたわね」



「それはもう、説得するのが大変でしたよ。長く居座っているだけで国に貢献していると思っている頭の堅い連中ばかりなので」



 心底嫌そうに云って、オリバーはふところから一通の封書を取り出した。



「エリーゼ姫が要約して届けてくれた築城建築の古書が役に立ちました。賢者の知識となれば、陛下も議会も聞く耳をもたらず得ないですからね」



「わたしのふみは、貴方にいいように利用されたというわけね」



「利用だなんて、ひどいな。エリーゼ姫からの文が、わたしの唯一の心の励みだったというのに」



「モノはいいようね」



「まぎれもない本心なのですが。心に響きませんか?」



「ええ、残念ながらまったく」



 オリバーは「おかしいなあ」とキレイな顔で笑い、肩をすくめてみせた。



「それにしても、さっきのアレは大丈夫なの?」



 楽しい会話がつづくなか、エリーゼは懸念していたことを切り出した。



「ライオネル帝国の暗黒の竜騎士ですか?」



 モノクルの奥で、オリバーの目が細められる。



「問題ありませんよ。先ほど云ったとおり、いくら同盟国の王子とはいえ、最近まで敵対していた隣国の将に城の内部をつまびらかに説明する義理はないでしょう」



「やはり同盟を組んだのね」



「ええ、まだ仮同盟の段階ですが。正式な同盟を結ぶには、帝国はまだこちらの条件を満たしていませんから。申し訳ありませんが、条件の詳細まではお伝えできません」



 しっかり者の宰相補佐官に、エリーゼは口を尖らせた。



「なんだ、残念。口を滑らせてくれるかと思ったのに」



 しかし、ここまで話してくれただけでも、大いに助かる。持つべきものは、賢い文通相手だ。



「ところでエリーゼ姫。ここまで口を滑らせたわたしにも教えてください。なぜ、貴女がこの時期に、この国を訪れたのですか? しかも帝国の王子に連れられて」



 こうなると、話さないわけにはいかない。まったく抜かりのない文通相手だ。



 困ったなあ。包み隠さず、というわけにもいかないし、かといって、そう簡単に煙に巻ける相手でもない。



「……話せば、長くなるのよね」



 エリーゼは夕焼けに染まりはじめた空を見つめた。




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