ブルゴーヌ王国
恋 敵
第1話
空の移動は快適だった。
『 智の塔 』を発って2刻半。あっという間に、鉱山に囲まれたブルゴーヌ王国へ到着した。
城下を見下ろすように整地された岩山に、大国ブルゴーヌ王国の城は建てられている。工業都市として発展してから新たに建造されたこの城は、とにかく広い。最新の建築様式に目を見張りつつ、エリーゼは自嘲する。
ルーベシラン王国の宮殿なんて、あの中庭にすっぽり収まるわ。
そんな巨城の中庭では、出迎えのためか、ブルゴーヌ兵の一個隊とライオネル帝国の竜騎士団が向かい合うように並んでいた。
なんとなく睨み合っているような、剣呑な雰囲気が気になるけど……
つい先ごろまで、領土の奪い合いで牽制しあっていた両国が、いったいどういう成り行きで同盟国のような関係になったのかしら。
どちらにしても、ルーベシラン王国の王女であるエリーゼとしては、この両国の問題に首をつっこむことなく、早々に立ち去りたい。
先に降り立った黒竜の背から、勢いよく飛び降りたクラウスは、着陸態勢にはいったワイバーンへと駆け寄ってくる。ワイバーンから降りるエリーゼへと手を差し出すクラウスを一瞥し、おもむろにその手を取ったエリーゼは、一国の姫らしい仮初の笑みを周囲に向けた。
ブルゴーヌ兵と竜騎士たちから、溜息のような息遣いが漏れ聞こえてくる。容姿の良さを自覚しているエリーゼが、可憐な姫君を演じることはたやすい。
このなかで、わたしに有意義な情報を持ってきてくれるのは、だれかしら。
「クラウス様!」
可愛らしい声がした。
中庭に通じる扉が開かれ現れたのは、ブルゴーヌ王国の高官たち。その中から飛び出すように、足早にクラウスの元へ寄ってきた令嬢がいる。
—— ブルゴーヌ王国第三姫 ヴィヴィアナ様だわ
輝くブロンドの髪とアイスブルーの瞳は、国王の愛妾である第二王妃譲りで、たしか今年で16歳になるはず。エリーゼは記憶をたどりつつ、クラウスとヴィヴィアナの様子をうかがっていた。
「またお会いできて、嬉しいですわ」
「お久しぶりです。ヴィヴィアナ様」
「まあ、他人行儀な! ヴィーとお呼びください」
「いえ、わたしは一国の騎士団所属の身ですから、他国の王女殿下をそのようにお呼びすることはできません」
誰が見てもわかる、この温度差は何かしら。
溢れる好意を隠せないヴィヴィアナに対して、まったく愛想のないクラウス。エリーゼは仮初の微笑みを張り付けたまま、成り行きを見ているしかない。
「そんなこと気にしませんのに、クラウス様は真面目なのね。よろしいのですよ、騎士とはいえ、クラウス様はライオネル帝国の王族なのですから。どうぞ、愛称でお呼びくださいませ」
「いいえ、けっこうです」
王女がそこまでいっているのだから、もう呼べばいいじゃない。わたしには、『クラウスと呼べ』って、あんなにしつこく云っていたくせに。自分のことになるとこうなのか。面倒な男だ。
愛称で「呼ぶ」「呼ばない」の押し問答が終わり、ヴィヴィアナのアイスブルーの瞳が、ようやくエリーゼへと向けられた。
「あら、貴女はもしかして……」
—— 長かった。やっとだわ。
「こちらは、ルーベシラン王国のエリーゼ姫です」
クラウスに紹介され、エリーゼは軽く膝を折る。
「ルーベシラン王国第一姫、エリーゼ・ルーナ・アンジェッタ・ルーベシランにございます。王女殿下、突然のご訪問をどうぞお許しくださいませ」
「まあ、貴女がエリーゼ様! どうぞ、お顔をお上げくださいませ。お噂は聞いておりますわ。ようこそ、ブルゴーヌへ。歓迎いたします」
その笑顔に嘘はないらしい。短い挨拶を交わしただけではあるが、ヴィヴィアナに対するエリーゼの評価は、良くも悪くも、ある程度のワガママを許容された大国の姫らしいお姫様といったところ。
「エリーゼ様は大変な知識と教養をお持ちで、古語の解読をされたとか。いまでは賢者に匹敵する叡智であらゆる難問を解けるとききますわ。羨ましいわ。わたしはダンスやマナーといった淑女教育ばかりで……でも、お母さまが云うには、あまりに教養がありすぎると行き遅れるらしいのです。カビ臭い書物を読むよりも、美しい花を愛でる女性の方が可愛らしいって……」
「……まあ、当たらずも遠からずですわ」
「やはりそうなのですね。こんなにも美しいのに、エリーゼ様は国政に興味がおありで、いまだ婚約者もいらっしゃらないとか」
「……ええ、まったく」
追加しよう。ヴィヴィアナは、悪意はないけど空気が読めない。
天真爛漫なお姫様ヴィヴィアナに連れられ、あれよあれよと国王陛下との謁見まで済ませたエリーゼは、
「どうか我が国にも、エリーゼ姫の叡智を御貸し頂きたい」
国王直々のお願いに「嫌です」とも云えず、「まずはお話しをお聞かせください」ということで、明日、詳しい話を文官から聞くことになった。
「では、エリーゼ様、また明日」
「ごきげんよう、ヴィヴィアナ様」
これから淑女教育があるというヴィヴィアナと廊下で別れ、客室へと向かうエリーゼとグロリアの後ろからは、なぜか護衛よろしくクラウスが付いてくる。
「クラウス殿下、もうけっこうです」
「……いえ、お部屋まで送らせていただきます」
なぜ。
「わたくし、少しお城を見学させてもらいますから。国王陛下にも許可はとってあります」
「ならば、わたしもご一緒いたします」
「いいえ、ご遠慮いたしますわ」
「こちらの城は広い、迷われては大変です」
互いに譲ろうとしないエリーゼとクラウスに、突然、第三者から声がかけられた。
「ならば、わたしがご案内いたしましょう」
割り込んできた声に振り向いたエリーゼは、そこに立つ背の高い男をみつけ、「 —— あら」満面の笑みを浮かべた。
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