第2話



 竜騎士たちの生死が不確かな状況で、グロリアが用意してくれたスープと堅パンで簡単な食事をとっていると、



 —— コツコツ



 —— コツコツ



 規則正しい音が、窓から聞こえた。



 エリーゼが振り向くと、窓辺には大鷹のスカリーが降り立ち、クチバシで器用にノックしている。



「おかえり」



 さっそく格子窓を開けてやると、広さを確認するように塔のなかを旋回したスカリーは、グロリアの肩で短い鳴き声を数回繰り返し、また開いた窓から日の落ちた空へと飛び立った。



「こんな暗い時間に飛んで、大丈夫かしら」



「ご心配なく。スカリーは特別な訓練をつんでおりますから。ところで姫様、残念ながら二人とも死んでいませんでした。しかし、森の中で遭難しかかっているようですから、上手くいけば、このまま遭難者として処理できるかと」



「そう」



 スカリーから得た情報を淡々と報告するグロリアに耳を傾けながら、エリーゼは闇につつまれた森を見つめる。



 リアの云うとおり、このまま遭難してくれたら、たしかに都合がいいわ。死人に口なし、だもの。でも……



 エリーゼの顔は、なぜか曇った。



「姫様、ご心配であれば、遭難にみせかけて仕留めてきましょうか。 痕跡を残すような下手は致しません」



 裏の顔を見せて、さらりと云うグロリアを、



「と、とにかく! 明日まで様子をみましょう!」



 エリーゼは必死にとめた。



  ☆  ☆  ☆



 東の空が淡い赤紫に染まりはじめた明け方。エリーゼは、助けを求める声で目を覚ました。塔の外から聴こえてくるのは、若い男の声。



「エリーゼ姫~ お水を1杯、恵んで~くださ~い」



「僕たち~ 死にそ~うなんです~」



 けっこう元気そうな声だった。



 仮眠していた寝台からおり、窓辺に目を向けると、格子窓の隙間から弓矢を構えるグロリアがいた。



「姫様、おはようございます。目覚めて早々ではございますが、あの能天気な無礼者を射殺す許可をお与えください」



 明かり採りの小窓から外の様子をのぞいたエリーゼは、不謹慎にも思わず頬がゆるむ。



「ボロボロだわ」



 大きなケガはないようだが、どこからどうみても遭難者にしか見えない。童顔のせいで幼く見えることもあり、こちらが思わず手を差し伸べてやりたくなるほどの見事なズタボロ具合だ。



 これじゃ、本当に油断させられてしまうわ。



 しかしエリーゼは、レオンから離れた場所に立つ男を目にしたとき、自然と顔が引き締まるのを感じた。



 レオンほどではないにしても、埃にまみれた姿のクラウスは、塔の傍らで休む黒竜に何事か話しかけているが、とうのマーカスは顔を伏せたままそっぽを向いている。あきらめたクラウスの顔が、塔へと向けられたとき。



 エリーゼの胸の中で、説明のつかない何かがうずいた。



 —— 嘘つきな男、卑怯な男、信頼を裏切った男



 —— もう、信じない



 さて、どうしようか。



 外の様子に注意しながら、エリーゼが思慮していると、助けをもとめていたレオンが、不穏なことを口にした。



「師団長~ ブルゴーヌに駐留している仲間が、もう、そろそろ~ やって来るころですかね~」



 やっぱり、か。



 エリーゼは想定していた最悪の状況になったと、深い溜息をつく。



「ああ~ お水が欲しいな~ もしかした、もう仲間がルーベシランのお城に着いているかも~ なにもしていないといいけどな~」



 とってもわざとらしいけど、きわめて効果的な交渉術だわ。



 まだ現れていない竜騎士団をつかって、こちらに揺さぶりをかけてきたレオンに、エリーゼは感心する。上空を見上げてみても、スカリーの姿はみつけられない。いまだに偵察中かもしれないけど、帝国軍に捕まった可能性もある。



 情報が得られない以上、悪い方にも、良い方にも、事態は動いているのだ。



 そこから、エリーゼの決断は早かった。小さな紙に羽ペンを走らせ、グロリアへ渡す。矢に紙を巻き付けたグロリアは、狙いをさだめ、矢を放った。



 直後、レオンの悲鳴があがる。



 窓の下の景色に、またエリーゼは不謹慎にも思わず頬を緩めてしまった。グロリアが放った矢は、尻もちをついたレオンの股の間に突き刺さっていた。あと、少しでもズレていたら、レオンはとっても可哀そうなことになっていただろう。

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