第11話



古代魔法なくして行ける場所ではない、というエリーゼの言葉にクラウスは頷く。



「それは同意します。しかしながら姫君、ディアモン山一帯の大地が、ここ数百年で大きく隆起したのはご存知ですか?」



もちろん知っている。



「地殻変動ね。つまり、大地がせり上がってきていると、貴方は云いたいの?」



「はい、偵察隊の報告によると、ディアモン山の数箇所で古代魔法陣が発動された形跡が発見されています。それから、これはまだ内々の報告ですが、同じくディアモン山のある場所で空間の歪みらしきものが発見されたとか」



「……そう、なのですね」



返事をしながら、エリーゼは引っかかりを覚える。地殻変動により出現した古代魔法陣や空間の歪みよりも気になるのは、「偵察隊」についてだった。



ルーベシランの北側に位置する隣国のブルゴーヌ王国。そのほぼ中央にディアモン山はある。エリーゼは三年ほど前、他国の式典で再会したブルゴーヌ王国の文官を思い出していた。



商家出身の彼は、領地に多数ある鉱山に早くから目を付け、瞬く間にブルゴーヌ王国を大陸随一の工業都市へと発展させた。今では、財政力、軍事力ともにライオネル帝国に迫る勢いの大国なのだ。



そのブルゴーヌ王国と、それよりさらに北方に領土を持つライオネル帝国とは、境界線である大河を挟んで、緊迫した睨みあいがここ1年ほどつづいていたはずなのだが ——



偵察隊による情報収集をライオネル帝国がしているとなると、これはいよいよもって開戦が近いということだろうか。或いは、両国に劇的な変化があったか……どちらにせよ、帝国側の狙いが、いまいち判らない。



ブルゴーヌ王国に戦をしかけるにせよ、しないにせよ、ディアモン山に封印された『魔竜』と、いったいどんな関係が?



エリーゼは慎重に問いかける。



「隣国に偵察隊を送るとは、あまり穏やかな話しではありませんね。大国同士の争いはできれば避けて欲しいものです。第三国が口を挟む問題ではないと重々承知していますが、話し合い、という選択肢はもうないのですか?」



クラウスは率直だった。



「姫君、申し訳ございません。これは自国の国益に関わることゆえ、お答えはできません」



これ以上は、詮索するなということだ。しかし、エリーゼとて、ここで引き下がるわけにはいかない。



「両国の問題に干渉するつもりはありませんが、『 賢者の書 』に記された知識をお渡しする以上、こちらとしては、火の粉が降りかかるような事態は避けたいものですね」



ブルゴーヌ王国に不利な知識を与えたとなれば、ルーベシランが報復されかねない。



「姫君のご心配はごもっともですが、万が一にもルーベシラン王国に手出しするようなことがあれば、ブルゴーヌだろうがライオネルだろうが、我々竜騎士団が全力で阻止します」



「クラウス、それで、はい、そうですかと、わたしが納得すると思っているのですか?」



エリーゼのエメラルドグリーンの瞳と、クラウスの黒い瞳がぶつかり合う。先に折れたのは、意外にもクラウスだった。



「姫君、わたしの望みを申し上げます。わたしは『魔竜』の封印を解きたいのです。貴女なら解呪の方法を知っているはずだ」



―― なんですって!



「魔竜を解き放つというのですか?」



もう少しで、帝国の王子に「バカじゃないの?!」といいそうになったエリーゼは、一度大きく息を吐き、気持ちを落ち着かせる。



「クラウス ―― 失礼を承知で申し上げます。貴国にどのような益があり、いかなる事情があるにせよ、魔竜の封印を解くことは、愚かと云わざるを得ません。なぜならその生態、気性、能力、すべてが今だ不明。封印を解いたあと、何が起きるのか全く予想がつきません」



「姫、ご心配には及びません。封印を解呪し、魔竜を解き放つ際は、我が国の竜騎士団がディアモン山を総出で包囲し、万一のときは即座に対処いたします」



判っていない ―― 本当に判ってないわ!



だんだんと痛くなってきた頭を、エリーゼは振る。



「いいですか。魔竜は、賢者アルトーをはじめとする当時の討伐隊が、強力な古代魔法を発動しなければ封印できなかったほどの竜なのです。その意味が貴方にはわからないというのですか?」



「わたしが使役する黒竜は古代種です。鎌金術により生まれた亜竜が、古代より自然界の頂点に君臨する祖竜に勝るはずがありません。古の時代も今も、祖竜こそが絶対的な王者であることにかわりはない」



「再度、失礼を承知で申し上げます。この大陸において、貴国の竜騎士団が最強であることは疑いようがありませんし、黒竜が竜種の頂点であることもまた疑いようのないことです。しかしながら、未知なるモノを前に絶対という理論は成り立ち得ないのです」



「ならば姫君、わたしはこのような話を聞いたことがあります。姫君が翻訳され、先ごろ発表された古書ですが、じつは竜種を操る古のすべがあるとか」



クラウスの目が鋭さを増していく。



「改めてお伺いします。姫君、あらゆる古語を読み解ける貴女は、その術の存在をあえて翻訳しなかったのではありませんか」



―― あら、ずいぶんと詳しいのね。




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【タテスク】姫君のストラテジー 藤原ライカ @raika44

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