第10話
暴走するアラケラスを止めたのは、アルトーやノーンら5人の賢者たちだった。
ディアモン山にあるアラケラスの棲家を包囲し、キメラと自分の身体を錬成させ化物に成り果てたアラケラスとの激しい交戦のすえ、それを倒した賢者たちは魔の錬成が行われた棲家の立ち入りを禁じ、その亡骸を魔竜ともどもディアモン山の地底深くに封印した、と『賢者の書』には記されている。
誉れ高き『智の賢者』と悪名高き『南方の賢者』。その2人に交流があったということが、クラウスには信じられないのだろう。
「アラケラスが暴走するまでは、二人の仲は決して悪くはなかったようですね。魔竜についても、アルトーは消滅させるのを最後まで反対し、封印に留めることを古代の王たちに了承させていますから。きっと、アラケラスのことも救いたかったのではないでしょうか」
「そうですか……」
納得できないのか、クラウスの歯切れは悪く、
「姫君、よければお茶にしませんか?」
話題を変えるつもりなのか、腰に下げていた皮製のカバンを開けたクラウスは、小さな包みを取り出し、中に入っていた茶葉をエリーゼに見せてくる。
「あら、それはライオネル帝国のもの?」
「ええ、そうです」
ライオネル帝国の特産物である茶葉は香りが高く、貴婦人たちの間で人気がある。フルーティーな香りのする茶葉を、エリーゼも好んで商人から買っていた。
小さな木の部屋に、茶葉の香りが広がっていく。お茶にしようというクラウスの申し出を、エリーゼは快く受け入れた。
アルトーの書斎に入ってからというもの、クラウスの質問攻めに合い、すっかりノドがカラカラだった。エリーゼがカップを用意する間に、クラウスが持参した水を、備え付けられた
「わたしが淹れましょう」
慣れた手つきのクラウスが、窓辺に置かれた小さなテーブルの上で、ポットとカップを温める。
「慣れてらっしゃるのね」
その手際の良さを、エリーゼは素直に誉めた。
「戦場で一杯の茶を飲むのが、わたしの唯一の楽しみでした。兵士たちにもけっこう好評だったのですよ。しかし、一国の王子が自分で茶を淹れ、配下の者たちに振舞うのは、やはり変でしょうか。兄弟たちからはかなり
恥ずかしそうな顔をするクラウスに、エリーゼは首を振る。
「いいえ、そんなことはないわ。貴方が淹れたお茶を戦場で飲み、心が救われた兵士は大勢いるでしょう。こう云ってはなんだけど、クラウスの兄弟は少し時代遅れの王族ね。もし貴方の真似をしていれば、国力はさらに高まり、臣下たちの忠誠はゆるぎないものになっていたでしょうに」
エリーゼの言葉に、クラウスの手が止まった。
「それは……その、エリーゼ姫の本心ですか?」
「もちろんです。しかしながら、わたしとしては時代遅れな兄弟たちで良かったと思っています。そうでなければ、ライオネル帝国はさらなる強国となっていたでしょうから」
小国の姫の言葉に、クラウスの顔が赤くなる。
ポットから丁寧に茶を淹れたクラウスは、
「姫君、さあどうぞ」
エリーゼにカップを渡した。
「いい香りだわ」
柑橘系の香りに、エリーゼの顔も自然とほころぶ。クラウスと他愛のない話をつづけ、ノドが潤ったころ。
「姫君、素晴らしい場所に案内してくださり感謝しております」
カップを置いたクラウスが、それまでとはちがう硬い表情で、エリーゼから数歩離れた場所に立つ。
―― いよいよ、か。
エリーゼもカップを置き、ソファーで姿勢を正した。
さて、この王子はいったいどんな要求をしてくるだろう。
エリーゼは細心の注意をはかり、クラウスの表情をみつめる。
「賢き姫君、どうか教えてください。『 賢者の書 』には、ディアモン山にあるというアラケラスの棲家は記されていますか」
ふたたび登場した南方の賢者の名に、エリーゼは少しばかり驚く。
「ええ、記されていますが」
「では、賢者たちが封印したとされる『 魔竜 』の位置は?」
「……だいたいの位置は判ります。しかし、魔竜が封印されているのは地底の奥深く。古代魔法が失われた今となっては、とても行ける場所ではありません」
クラウスの意図が判らないエリーゼは、慎重に言葉を選びながら応えていく。
古代の大陸において賢者たちは、自らの魔力を媒介させ魔法を発動させることができた。しかしそれは、大昔の話。今では魔術師たちが魔石にわずかな魔力を蓄え、儀式などで利用する程度の力しかない。
あとはせいぜい、先人たちが描き残した転移の魔法陣を発動させ、生活魔法として移動に利用するくらいだ。大地を揺るがすような炎系や氷系などの強力な古代魔法は、数百年も前に廃れてしまい、今では誰も知らない。
はっきり云って、魔法こそが時代遅れなのだ。
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