第8話
塔の入口にあるのは、石碑だけ。鍵穴どころか、一見すると扉すらない。クラウスが石碑を覗き込んだ。
「これが有名な、石版のパズルですね」
「ええ、詩篇が刻まれているのがわかりますか?」
「はい、三行詩のようですが……これも古語ですね」
「ええ、そうです」
エリーゼは、石碑に刻まれたアルトーの詩を朗読した。
《楽園は遠く儚く、旅人が行き着くのは、いつも虚像と虚構》
《天の王は笑い、地の王は嘆き、民は裁きを受ける》
《聖なる頂きは遠く、旅人は足を滑らせ、地に落ちる》
三行詩の下には、「文字」のような「記号」のような、不可解な紋様が描かれた石片が、全部で「14」並んでいた。
エリーゼは神秘的な色に輝く石片のひとつひとつを、指でなぞる。
「これが古語のひとつ、月文字と呼ばれるものです。地域によってはルーン文字とも呼ばれていますね。詩の上に数個の四角い溝が彫られているのは、わかりますか?」
「ええ、わかります。横に並んでいますね」
「3行詩から答えを導き出し、石片のルーン文字を正しく溝にはめ込めば、塔の扉は開かれます」
エリーゼの説明に頷くクラウスだったが、はじめて目にする月文字など読解できるはずもなく、試しに適当に並べてみようと石片の1枚を手にとった。
「クラウス、一応お伝えしておきます。まちがえたときはアルトーの魔法陣が発動し、これより一両日中は何をしても扉は開かなくなりますからね」
エリーゼの言葉に、クラウスの右手からポトリと、石片が落ちた。
「姫君、お願いしてもよろしいでしょうか」
石版のパズルから1歩退いたクラウスに、エリーゼは笑みを浮かべる。
「あら、1度くらい挑戦されてみては?」
「やめておきます。わたしとしては、姫君と共にいられる時間が増えれば増えるほど嬉しいのですが、貴女が同じ気持ちとは限らない」
クラウスの真摯な目が、ふたたびエリーゼをとらえた。
瞬間、エリーゼの顔から笑みが消える。
―― なんだというのだろう。昨夜より、ときおり発せられる、この口説き文句は。なにか裏がある?
考えたところで、今はまだわからなかった。
「それでは塔の入口を開きましょう」
クラウスの言葉が聞こえなかったように振る舞い、エリーゼは石碑へと向かい合う。
「この3行詩、クラウスはどう思いますか?」
「どう、といいますと?」
「詩の良し悪しについてです」
「そうですね。わたしは無骨者ゆえ、こういった詩作についての見解を持ち合わせていません」
正直なクラウスを一瞥したエリーゼは、
「楽園は遠く儚く、旅人が行き着くのは、いつも虚像と虚構。天の王は笑い、地の王は嘆き、民は怒る。聖なる頂きは遠く、旅人は足を滑らせ、地に落ちる―― 」
3行詩を読み直し、答えを教えてやった。
「こういう陳腐な言葉を並べただけの詩を、古今東西《 駄作(ださく)》と呼ぶのです」
答えとなる「駄作」の古語を、石片で並べる。
「ご覧ください」
エリーゼの言葉に、クラウスが石碑を覗き込んだ。
数秒後。石碑に刻まれた3行詩の上に、複雑な円形模様が浮かび上がってくる。
「姫君、これは……」
「古の魔法陣です。はじめて目にしたとき。わたしも驚きました。賢者アルトーはこの魔法陣を、鍵のかわりにしたのです」
エリーゼが魔法陣の上に手をかざすと、掌に向かって紋様が吸い込まれていく。
「さあ、行きましょう。クラウス」
扉のない石塔に向かって歩くエリーゼに、クラウスがつづいた。
「姫君、鍵とはどういう意味なのですか?」
「そのままの意味です」
石の壁面に、エリーゼは右掌をあてる。すると掌を中心に、壁面から光があふれだした。光は広がり、その下からアーチ型の扉が現れる。驚くクラウスに、エリーゼの口角があがった。
「これが、賢者アルトーの隠し扉です。さあ、入りますよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます