第7話
ただちにクラウスへ報告しなければと焦るレオンの耳に、得体の知れない姫君と侍女のさらなる衝撃の会話が耳に入ってきた。
「へえ、この鴨肉はレオンが仕留めたの。さすが、竜騎士団の副師団長ね」
「えっ、姫様、いまなんとおっしゃいましたか?」
「リアにはまだ云ってなかったわね。クラウスが教えてくれたんだけど、レオンって、かの有名な『 紫紺の死神 』なのよ」
知らなかったでしょう、と笑うエリーゼ。
「…………」
微妙な間をあけ、炊事場にグロリアの声が響いた。
「あの獰猛な戦闘用ワイバーンを乗りこなす勇猛果敢な死神の正体が! こんな
「子どもじゃないわ。だってレオンは、わたしより1つ年上なんだから。もうとっくに成人をむかえているわ」
大陸にある多くの国々は、16歳で成人となる。
「18っ!」
あまりの驚きに、手にした剣を取り落とすグロリア。
大きく振り返ったグロリアの信じられないという目が、レオンに突き刺さった。
「まさかっ! こんな童顔チビが18歳!」
「―― うぐっ、ひどいっ!」
それからしばらく、レオンはイジけた。
◇ ◇ ◇
翌朝。
朝食を終えたエリーゼとクラウスは、黒竜にまたがり砦の西にある《 智の塔 》をめざした。
昨夜 ――
今後の策について、遅くまで話し込んでいたエリーゼとグロリアは、最終的に二手に分かれる選択をした。つまり、砦に残る者と、塔へ案内する者。
塔の最上階へ行き着けるのはエリーゼしかいないことから、必然的に砦に残ることになったグロリアは、不安を隠せない。
「姫様のお考えに異存はありませんが、あの王子とお二人で、本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。そのために黒竜で行くのだから。何か起こっても竜を味方につければ、怖いものなしよ。わたしが古語で竜を従えられるの、リアは知っているでしょう」
「ええ、知っておりますが……」
「心配しないで。それよりもいまは、帝国側の武力を分散させるほうが大事よ。まさかあの従者が副師団長だなんて思ってもみなかったら、いくらリアが強くても、竜騎士団のトップ2が揃っていたら、分が悪いでしょ」
「それはそうですが」
グロリアの顔が険しくなる。
「まさか、あの童顔従者が紫紺の死神だとは……いまだに信じられません」
「リアが童顔、童顔ってイジめるから、すっかりイジけてたわね」
「あれで戦意を削げたのであれば申し分ないのですが、あれでどうこうなるほど、紫紺の死神は弱くないでしょう」
「そうね」
「わかりました。わたしは砦にて、しっかりとヤツの動きを見張っておきましょう」
「頼んだわよ」
「かしこまりました」
エリーゼの説得により、最終的には納得したグロリアであったが、日付が変わる頃。ルーベシラン王国が信仰する女神ヴィルナスをかたどったペンダントをエリーゼに渡して云った。
「姫様、明日は、こちらをお持ちになってください」
「わあ、キレイね」
銀細工の美しい女神像を見て、素直に喜ぶエリーゼ。しかし、グロリアは首を振る。
「こちらは姫様が思い描いているような装飾品ではありません。有事の際は、このように女神の首を右に回してください」
するとポロリと女神の首がもげ、胴体から上に向かって伸びる鋭い針が現れた。
「なにこれ! 隠し針じゃない」
「この針には強力な麻酔薬を仕込んでいますので、取り扱いには十分ご注意ください。猛毒にしようかとも思ったのですが、万が一にも姫様に害が及んではいけませんので」
淡々と説明するグロリアの目が光る。
「よいですか。もしもクラウス王子から御身を守る必要があるときは、まずは相手を油断させ、近づいてきたところを、この針で躊躇なく突き刺してください。暗黒の竜騎士であっても、1週間は身体の自由がきかないでしょう。騎士だろうと王子だろうと相手は男です。油断してはなりません」
「これって必要かしら?」
首をかしげる危機感のないエリーゼに、
「姫様、男というのは古今東西、急に発情するものなのです!」
グロリアは女神ヴィルナスを、無理やり押し付けた。
◇ ◇ ◇
翌朝。眼下に見える《 智の塔 》をゆっくり大きく旋回したのち、黒竜は地に降りた。
「想像していた以上の高さです」
石塔を見上げるクラウスが、尖塔に目をこらしている間。エリーゼは、翼を折りたたんだ黒竜に古語で話しかける。
『運んでくれて、ありがとう。ここで待っていて。ここから西にもう少し行ったところに泉があるわ。賢いアヴィアなら上空で見つけたでしょう。ノドが渇いたら、あそこでノドを潤しなさい』
黒竜は鼻先をエリーゼによせると、了承の意を伝えるように、思慮深い蒼玉の両眼を瞬かせた。
さてと、いよいよね。
塔の入口で待つクラウスと向かい合い、エリーゼは今1度念を押す。
「これから最上階にある『 アルトーの書斎 』を目指します。賢者の書より必要な知識を得たのち、貴方はただちに、このルーベシランから立ち去ってください」
「お約束します。姫君」
真摯な目で自分を見つめる帝国の王子に、エリーゼは告げた。
「クラウス、わたしは貴方を信じます」
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