第4話



圧倒的な破壊力を持つ黒竜と、先陣を切って敵陣に戦闘をしかける紫紺のワイバーン。この戦法をとっているからこそ、ライオネル帝国の竜騎士団は大陸最強といわれているのだ。



褐色が多いワイバーン種のなかで、ひときわ珍しい紫紺の中竜を巧みに操るその勇姿は、『 暗黒の竜騎士 』同様、『 紫紺の死神 』と呼ばれ、戦場で恐れられている。



「戦場でのレオンは、常に全身を鎧で武装しています。それゆえ、死神の素顔を知る者は少ないのです」



クラウスの説明に、エリーゼは頷くしかなかった。



「ところで、姫君はレオンが何歳だとお思いですか?」



「そうですね。失礼ながら、お名前を聞くまでは、騎士見習いの方と思っていましたので、せいぜい14歳くらいかと」



「騎士見習い―― それはいい! トォーリヤの砦についたらレオンに教えてやろう」



声を出して笑うクラウスに、エリーゼは焦った。



「おやめください。セヴァン家のご子息に対して、すでに多大なご無礼を働いているのですから」



「気にする必要などありません。レオンも何ら気にしていませんよ。ところで、彼の年齢ですが、わたしのひとつ下で、18歳になります。姫より年上ですよ」



「……なっ、18ですって!」



今度こそエリーゼは、絶句した。



「驚きましたか」



「……ええ、それはもう」



「あれこれ気にする必要はありませんが、レオンとはあまり年齢の話はしないほうがいいでしょう。彼はひどく、自分の童顔を気にしていますから」



クラウスの忠告を、エリーゼは素直に受け入れることにした。



陽がまだ高い午後。ルーベシラン王国の最北にある『 賢者の森 』に、エリーゼたちは到着した。



鬱蒼とした森を北に抜け、川を越え、山脈を越えれば、隣国であるブルゴーヌ王国の領土となる。



国境に近いトォーリヤの砦は『 賢者の森 』の中心にあり、目的地である《 智の塔 》は、砦から馬で10分ほどの西にあるが、草原から飛行しつづけた黒竜とワイバーンに休息をとらせるため、エリーゼたちはひとまず砦内にある古城へと入城した。



すでに城砦としての役目は終えているトォーリヤの砦であるが、いまでも年数回は手入れがなされ、いざというときの備蓄食糧も備えている。



入城してすぐにレオンは、翼を休める黒竜とワイバーンに水を飲ませるため、中庭の井戸から水汲みをはじめ、グロリアは食堂で軽食の準備にとりかかる。



その間、エリーゼとクラウスは、城壁に囲まれた見晴らし台から西に見える《 智の塔 》を眺めていた。



「姫、あれが、賢者アルトーが建造した塔なのですね」



「ええ、古文書によれば、アルトーは晩年を、この塔で悠々自適に過ごしたとされています」



「古語で書かれた千年前の古文書を解読したのは、姫だと聞いていますが、本当ですか?」



クラウスの問いに、エリーゼは目を細めた。



白々しい。



「それを知っているからこそ、貴方はわたしに《 智の塔 》へ案内しろと命じたのではありませんか」



「命じたのではありません。お願いしたのです」



わざわざ云い替えるクラウスを正面から見据え、それは詭弁だと、エリーゼは思った。



大陸の創世記に賢者アルトーが建てた《 智の塔 》は、別名「嘆きの迷宮」と呼ばれている。迷宮と呼ばれるだけあって、石塔の内部は複雑だ。



10の階層からなる塔は、複雑に交差する螺旋階段の迷路が中間層までつづき、階段を上がったり下がったりを繰り返しているうちに、大抵の者は方向感覚を失い、知らず知らずのうちに塔の外へ通じる扉へと誘導されてしまう。



運よく迷路を通り抜けたとしても、さらなる試練が待っている。6階より上の階層をめざすには、賢者アルトーからの難問につぐ難問を解かなければならない。



階層ごとに用意された扉を開く鍵は、『 石版の謎解きパズル 』である。石碑に刻まれた詩篇を手がかりに、正しい答えを導きだし、パズルを完成させなければ格子扉は開かない。



無理やりこじ開けようとすれば、侵入者を拒む古代魔法が発動され、侵入者は遥か彼方へと飛ばされてしまう。



賢者アルトーの死後。数多の挑戦者たちが塔の最上階にある『 アルトーの書斎 』を目指したが、たどり着けた者はいなかった。



複雑な迷路と難解なパズルを前に、多くの挑戦者たちが、



「難しすぎる」



嘆き哀しんで塔から引き返してきたことから、いつしか「嘆きの迷宮」と呼ばれるようになった。



しかし、今から8年前。千年もの間、閉ざされていた扉が開かれた。



「さすがに埃っぽいわね」



そう云って、最上階の天窓を開け放ったのは、当時9歳のエリーゼ。



「ルーベシラン王国の第1姫が、『 賢者アルトーの書斎 』に到達したそうだ」



この話は瞬く間に、大陸全土に知れ渡り、エリーゼが「大陸一の賢姫」と呼ばれるきっかけとなった。




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