第3話



 レオンと呼ばれた若者は、あどけない顔を引き締め、エリーゼとグロリアに騎士の礼をとる。



「ルーベシランの姫君、および従者殿。お初にお目にかかります。わたしはレオン・ライオネル・シー・オブ・セヴァンと申します。本日はクラウス師団長とともにトォーリヤの砦まで随行させていただきます」



「えっ……」



 セヴァン家ですって?



『 セヴァン家 』といえば、初代領主である王弟殿下が、臣下にくだってなお、ライオネルの名を使うことが許された唯一の公爵家ではないか。中堅貴族どころか、王家に連なる名家だ。



 クラウス・ライオネルといい、どうしてこうも面倒そうな大物ばかりが、ルーベシランに集まってくるのか。



 苦々しい思いを隠し、エリーゼは淑女の礼をとった。



「エリーゼ・ルーナ・アンジェッタ・ルーベシランにございます。こちらはグロリア・ステファン、わたくしの侍女にございます」



 エリーゼにならい、グロリアも礼をとる。



「エリーゼ姫、グロリア嬢、どうぞ頭を御上げください。便宜上『セヴァン』を名乗っておりますが、ライオネル帝国においてわたしは一騎士にすぎません。一国の姫君に頭を下げていただくような身分ではありませんので……」



 どこか照れたようなセヴァン家の子息は、



「師団長からも云ってくださいよ」



 あいかわらずくだけた口調で、クラウスに助けをもとめた。



「彼の云うとおりですよ。一国の姫である貴女が頭をさげる必要などないのです」



「しかし、クラウス様」



 ためらいをみせるエリーゼに、クラウスは顔を曇らせる。



「どうか、わたしのことも昨夜のようにクラウスと呼んでくださいませんか。今朝からずっと気になっていたのです」



「いくらなんでも、それはできません」



「なぜですか? 昨夜はずっとクラウスと呼んでくれたではありませんか」



 頭が痛い。急に何を云い出すのだ、この王子は!



「昨夜は王宮という場所でしたから、貴方の求めに応じましたが……いまは違います」



「いいえ、違いません。姫もご存知のとおり、わたしは素性を隠して入国しております。その意味をどうかご理解していただきたいのです」



 どんな意味があるのか。どうせなら包み隠さず、すべて教えて欲しいところだが、いまはこれ以上、ライオネル帝国の王子に逆らうのは得策ではない。



 不承不承ふしょうぶしょうという感じで、エリーゼは頷いた。



「わかりました。ではクラウス、そろそろ参りましょうか」



「姫君、感謝します。どうぞ、マーカスの背に」



 差し出されたクラウスの手に、エリーゼが手を重ねると、心底嬉しそうにクラウスは笑った。



「足元にお気をつけ下さい。少々、滑りやすいのです」



「ええ、ありがとう、クラウス」



 なんだか疲れるな。



 誰にも気づかれないように、溜息をつくエリーゼだった。



 艶やかな皮膜に覆われた巨大な翼が、太陽の光を浴びる。



「けっこう、安定性があるのですね」



 気流に乗った黒竜の背は、思いのほか快適だった。竜種専用の鞍にまたがったエリーゼの後ろでは、クラウスが手綱を握っている。



「姫を乗せているせいか、マーカスが穏やかなのです。いつもこうならいいのですが」



「いつもはもっと不安定なのですか?」



「そうですね。戦闘時はとくに、竜騎士であっても落とされないように気をつけます」



「まあ、やはり馬とちがって、竜種を乗りこなすのは難しいのですね」



 エリーゼの言葉に、クラウスは前方を見ながら苦笑した。



「乗りこなすのは難しい……そう思っていたのですが、姫君の侍女殿はちがうようです」



 クラウスの視線の先では、ワイバーンをみごとにあやつるグロリアがいた。人馬一体とはよくいうが、まさしく人竜一体となっている。



「グロリア殿は本当に竜種に騎乗するのは、はじめてなのですか?」



「ええ、おそらく。最初は不安定な飛行でしたでしょう」



「たしかに。しかし、こうもあっさり乗りこなされると竜騎士としては落ち込みますね。実際、レオンなんか……完全に不貞腐れていますよ」



 黒竜の十数メートル先を飛行するワイバーンの手綱を嬉々として握っているのはグロリアで、レオンは後ろにちょこんと座っているだけだった。



 竜騎士顔負けの手綱さばきを見せるグロリアの後ろで、完全に役目を失ったレオンを見て、クラウスは笑い隠せない。



「あれでも一応、わが竜騎士団の副師団長をになう男なのですが」



「副師団長?!」



 驚いたのはエリーゼだ。勢いよく後ろを振り返り、確認する。



「もしかして、紫紺のワイバーンの騎手ですか?」



「ええ、そうですよ」



 肯定するクラウスに、エリーゼは返事ができなかった。どうも先ほどから、レオンのことでは驚かされてばかりいる。



 小型がほとんどのワイバーンにおいて、ごく稀に中型のワイバーンが生まれることがある。俊敏性と耐久性があり、持久力と高い飛行能力を持つことから、戦闘用ワイバーンとしては最強の呼び声が高い。



 しかし、いかんせん中型のワイバーンは自尊心が強く、総じて気性が激しいモノばかりだ。



 戦闘用に訓練し、乗りこなすのが非常に難しいことから、中型ワイバーンを戦場で乗りこなせるのは、ライオネル帝国竜騎士団の副師団長だけだというのは、大陸中に知れ渡る有名な話しだ。



「それがまさか……あんな幼い」






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