第3話



「ルーベシラン?」



 怪訝そうな顔をした義兄に、有能な従者はささやく。



「南海に面した西側の小国ですが、かの姫は、あの難攻不落といわれた『 智の塔 』の最上階に到達したといわれています」



「聞いたことがある。智の賢者アルトーの書斎か……そうか、あの姫が」



「はい、古語を解読したそうです」



「へえ。素晴らしい才能だな。美しく、賢い姫……」



 10歳年上の第二王子の目が嬉しそうに光ったのを、クラウスは見逃さなかった。湧き上がる不快感。しかし美しく賢い王女に好奇の視線を向けるのは、義兄だけではない。



「じつに愛らしい姫だな」



「あれがエリーゼ姫か」



「数年後、どれほどの美姫になるか楽しみだな」



 各国の王族貴族がささやき合うなか、クラウスは壁際で3人並んで口をあんぐり開ける連中をみつけた。あの日、食堂で「洗練されていない田舎姫」だと云っていた貴族の子息たちだった。



 3人とも驚愕した顔が、どんどん赤くなっていき、ルーベシランの美しい王女にすっかり見惚れているようだった。



 公の場にはじめてあらわれたルーベシランの王女に、会場がざわつく中。当の姫は、周囲の視線に浮つくわけでもなく、思慮深い表情を浮かべ、時折かけられる声に微笑を向けるだけ。しかし、その幼い姫に微笑まれるだけで、多くの男たちはすっかりのぼせ上っていた。



 建国100周年を祝う式典がはじまり、各国の代表者から祝辞が述べられている間も、クラウスの目は、ルーベシランの姫に釘付けだった。



 前列に用意された大国の列席者が居並ぶ場所から、かなり後方の位置に座る姫。それはルーベシランがいかに小国であるかを示していた。



 式典を無視し、前方から視線を向けるクラウスを、一瞬だけエメラルドグリーンの瞳が捉えた。



 ―――― うわっ



 反射的に視線どころか、躰ごとそらしてしまったことを、それからしばらくの間、クラウスは後悔した。



 式典が終わった会場で、義兄と儀礼的な挨拶をかわして早々に別れたクラウスは、ふたたびルーベシランの姫君を探したが、一斉に動きはじめた人込みが邪魔で、見つけることはできなかった。



 あのエメラルドグリーンの瞳を、もう一度見たかった。



 賢い姫は、どんな声をしているのだろう。



 寄宿舎へ帰る道すがら、そんなことを考えながら歩いていると、門前の垣根越しに、あの3人組が見えた。そして、さらにその先に見える光景に、クラウスの目が大きく見開かれる。



 ―――― どうしてここに



 貴族の子息たちと相対するように、あの美しいルーベシランの姫君が立っていた。姫君の後ろには、年若い侍女もいる。



「僕は南国シャングリ―の貴族バード候の第2子ジョゼフです。ルーベシラン王国の王女様ですね」



 3人の中で一番身分が高いであろうバード侯爵の息子が、緊張のせいか上ずった声で挨拶を終えると、王女の返事を待つことなく、残りのふたりも後につづく。



「同じくシャングリ―のジョルズ伯の第3子ハロルドです。こんなところで王女様に会えるなんて光栄です。是非、聡明な姫のお話をお聞かせください」



「同じくシャングリ―のスペード伯の第1子レオナルドです。王女様にお会いできた幸運を神に感謝します。どうぞ、王女様とのお時間を我々に与えてください」



 1か月前の食堂で「田舎モノ」やら「洗練されていない」などと口にしていたとは思えない手の返しようだった。



 舞い上がる3人を前に、ルーベシランの姫君は完璧な淑女の礼をとり、伏し目がちに応える。



「ごきげんよう、皆様。わたくしのような小国の者に声をかけてくださり感謝いたします。皆様との会話を楽しみたいのですが、これより国に戻らなければなりませんので、またいつの日かお会いしましょう」



 物腰は柔らかいが、しっかりと距離をとられた子息たち。しかし、そこで引き下がるほど、頭も育ちも良くはない。



「そんなことを云わず。どうぞ宿舎のエントランスでお茶でも飲みませんか? 最高級の茶葉を用意します」



「シャングリ―自慢の美味しい茶菓子もございますよ」



「またいつお会いできるかわかりませんから、さあ、どうぞ」



 たしかに、この美しい姫君とお話ができたら……と、望む気持ちもわからなくはないが、断る姫君の手を無礼にも取ろうとするのは、放っておけない。



 言葉にできない不快感がふたたび押し寄せ、クラウスが1歩踏み出そうとしたとき。それより早く、姫君の後ろに控えていた侍女が、素早い身のこなしで子息たちを牽制するように前に出た。






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